著者 岡島 成行


 今から40年ほど前、学生のころは新宿発松本行きの夜行列車で山に行くことが多かった。通路に新聞紙を敷いて寝たり、網棚の上に横になったりと、かなり行儀の悪い旅行だったと思う。
 冬山の場合は、明け方松本駅に下りると、いきなり心身ともに凍りつく。夜行列車のぬくもりがまだ体を包んでいるのだが、澄み切った寒気が頭の芯から足の先まで貫き通し、眠気は吹き飛んでしまう。私の「冬のイメージ」は今も、空気までがカチンカチンに凍りついた松本駅のホームである。
 松本電鉄の始発が出るまでホームか待合室で時間をつぶす。寝袋を出して寝る場合もあるし、これから登る山に思いをはせて寝付かれない時もあった。島島まで電車で行き、沢渡までバス。そこからは雪を踏み分けて中の湯、上高地へと進む。冬の槍ヶ岳、穂高周辺に登るのはこうして何日も歩いていかなければならない。これは今も変わらない。
 登山に取り掛かっても夏と違い、深い雪に時には胸までつかりながら交代でラッセル(雪かき)をする。5万分の1の地図でわずか1センチのところを一日かかったこともあった。夏ならば1時間である。標高が上がるにしたがって、下からは良く見えなかった目標の山が大きな姿を現すようになる。純白の衣装をまとって、たとえようもなく美しい。吹雪の日も快晴の日も、雪の山は幻想的に美しい。

 登頂(登攀)の朝、暗いうちから出発の準備を始め、懐中電灯をつけてテントを後にする。晴れた日には夜明け前のほんの2、3分の間、山々が一斉にピンク色に染まることがある。モルゲンロートである。地球全体が何か柔らかい幸せのようなものに包まれていくようだ。生きている実感が沸き、次の瞬間、登頂成功を確信するのである。
 小さな子どもの時に自然に接することの重要性が言われるが、青年期にも自然の本当の美しさを感じることが大事ではないかと思う。その後の人生が真っ直ぐなものになるような気がするのだ。



■バックナンバー
自然体験の夜明け
自然体験活動のすすめ
自然体験に追い風が吹いてきた
幼児と自然体験
若者たち
私の原風景
シャワークライミング
思い出の黄金色のトンネル
ジャック・モイヤーさんのこと
ジャック・モイヤーさんを悼んで
環境教育推進法が動き出す
NGOから見た環境教育推進法
冬山
都市と農山漁村の交流を考える

■著者紹介

岡島 成行(おかじま しげゆき)
(社)日本環境教育フォーラム理事長、環境ジャーナリスト、大妻女子大学ライフデザイン学科教授教授、自然体験活動推進協議会代表理事 など。
1944年1月 横浜市生れ。上智大学山岳部OB
読売新聞解説部次長をへて現職。 
主な役職:国土交通省・社会資本整備審議会委員林野庁・林政審議会委員・環境省・中央環境保全審議会臨時委員。環境省・政策評価委員会検討員。文部科学省・中央教育審議会臨時委員など。
著書:「アメリカの環境保護運動」(岩波新書、90年)、「レモンジュースの雨」(共著、築地書館、90年)、「Only One Earth」(桐原書店、91年)、「Green Issues」(桐原書店、93)「はじめてのシエラの夏」(翻訳・ジョン・ミューア著、宝島社、93年)
「地球救出作戦」(翻訳・チルドレン・オブ・ザ・ワールド著、小学館、94年)
「林野庁解体論」(洋泉社、97年)「Echoes of the Environment」(鶴見書房、99年)
「自然学校をつくろう」(山と溪谷社、2001年)など多数。