著者 岡島 成行


  ある年の10月中旬に甲斐駒ケ岳に登ったことがある。大学時代の恩師がドイツ関係の山の本を翻訳していた方で、甲斐駒ケ岳が大好きだった。先生は毎年秋にこの山に登っていた。今ではあまり登る人がいない黒戸尾根から2日間かけて登るのが常だった。当然、学生たちはポータを兼ねて先生のお供をする。

 ドイツ語の先生だから食べ物もドイツ風になる。パンやぶどう酒など、ドイツのものを背負っていく。初日は早めにテントを設営して宴会になる。学生にはおいしいものなのかどうか、あまり分からなかったが、珍しい食べ物がたくさん出てくるのは楽しかった。
 2日目の朝、歩きはじめてから間もなく、金色のトンネルに入った。紅葉の時期で、ちょうど木々の葉が、黄色に染まった森に入ったのだった。よく晴れた日だったので、天からの陽射しが黄色の森を射抜くように降り注ぎ、辺り一体が黄金色に包まれていた。歩きながら私は呆然として、天国ってこういうところなのかな、と感じた。

 その年は頂上に登って何ごともなく下山したのだが、あの黄金色のトンネルのほかのことは、ほとんど覚えていない。
 先生は退職後、日野春に小屋を建てた。甲斐駒ケ岳が一番きれいに見えるところだから、というのがその理由だった。
 その日野春に今、仲間の自然学校があり、年に何回も訪れる。そのたびに先生との山行が思い出される。いつかまた若い人たちとともに、秋の黒戸尾根を登りたいと思っている。



■バックナンバー
自然体験の夜明け
自然体験活動のすすめ
自然体験に追い風が吹いてきた
幼児と自然体験
若者たち
私の原風景
シャワークライミング
思い出の黄金色のトンネル
ジャック・モイヤーさんのこと
ジャック・モイヤーさんを悼んで
環境教育推進法が動き出す
NGOから見た環境教育推進法
冬山
都市と農山漁村の交流を考える

■著者紹介

岡島 成行(おかじま しげゆき)
環境ジャーナリスト、大妻女子大学ライフデザイン学科教授教授、(社)日本環境教育フォーラム専務理事、自然体験活動推進協議会代表理事 など。
1944年1月 横浜市生れ。上智大学山岳部OB
読売新聞解説部次長をへて現職。 
主な役職:国土交通省・社会資本整備審議会委員林野庁・林政審議会委員・環境省・中央環境保全審議会臨時委員。環境省・政策評価委員会検討員。文部科学省・中央教育審議会臨時委員など。
著書:「アメリカの環境保護運動」(岩波新書、90年)、「レモンジュースの雨」(共著、築地書館、90年)、「Only One Earth」(桐原書店、91年)、「Green Issues」(桐原書店、93)「はじめてのシエラの夏」(翻訳・ジョン・ミューア著、宝島社、93年)
「地球救出作戦」(翻訳・チルドレン・オブ・ザ・ワールド著、小学館、94年)
「林野庁解体論」(洋泉社、97年)「Echoes of the Environment」(鶴見書房、99年)
「自然学校をつくろう」(山と溪谷社、2001年)など多数。