著者 岡島 成行


 「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」(環境教育推進法)はこれからの行く道を大まかに示したもので、実際にどのように運用していくかが重要な課題である。とりわけNGOの関与がキーポイントとなる。人材認定事業と拠点整備事業が二本柱であり、NGOと国、地方公共団体との活発なパートナーシップが求められる。各セクターとも、法律の各条文を前向きに解釈して積極的な対応をすべきである。


はじめに
 本稿では、20年以上にわたりNGO の一員として環境教育を実践してきた立場から環境教育推進法についての見解を述べたい。まず、全体を通じての総評を置き、次いで条文に従ってNGO の認知、国・地方公共団体の役割、学校教育など、人材認定事業、拠点整備の順に検討を加える。

総評
 これまでわが国では比較的軽んじられてきた環境教育とNGO(*1)について、この法律は的確な定義づけ(第2条)をし、その推進のために、国や地方公共団体に対し基本計画を作成した上で必要な政策を実施するよう義務付けている。日本の環境教育とNGO の置かれた立場を考えると、これは大変な進歩であり、今後、この法律が各省庁の政策に及ぼす影響はかなり大きいと思われる。また、人材育成や拠点整備などを除くと、これといった具体的な提案は見えないが、条文の随所にさりげなく盛り込まれた語句に今後の可能性が垣間見える。
 要するに、この法律は積極的に活用すべきもので、意欲あふれるNGO には非常に使い勝手のよい法律であり、何か与えられることを期待する人々にはあまり役に立たない法律であるといえる。
 しかし、条文の一部に「国がNGO を支配しようとしているのではないか」と疑われそうなところがいくつかある。その部分について、実践段階では適切な処置をとることを国は早い段階で表明すべきだろう。

NGOの認知
 この法律によってNGO、特に環境分野のNGOが日本の社会に改めて認知されるのではないかと思う。第3条で「国民、民間団体等の自発的意思を尊重しつつ(略)多様な主体がそれぞれ適切な役割を果たす」とあり、第5条には「国民、民間団体等(略)の果たすべき役割がより重要となる」と書かれている。国民、民間団体等の中には事業者もメディアも含まれているのだが、とりわけ民間団体(NGO/NPO)への期待が強く感じられる。いや、そう解釈してNGOは国や地方公共団体に様々な要求をし、共同作業を働きかければよい。

 欧米諸国に比べると、日本の環境の分野のNGOは影響力が弱い。例えば会員数だが、日本で一番大きいとされる日本野鳥の会は2004年になってついに5万人を割り込み、3月現在では4万8000人である。自然保護運動には最も影響力のある日本自然保護協会は2万人、世界野生生物基金日本委員会がxx万人(*2)であるのに対し、アメリカ最大の環境NGOの全米野生生物連盟(NWF)(*3)は450万人の会員数を誇る。イギリスのナショナルトラスト(*4)は会員数300万人を超えた。アメリカでは環境NGOの会員の総数は約1400万人(*5)といわれているが、日本では多くみても50万人だろう。自分のお金を出して、環境を守ろうという意思を示す一般市民の数が格段に違う。

 社会的な地位も、日本の環境NGOは欧米各国に比べ著しく低い。本来、NGOは行政や企業と対等で、社会においては補完し合う関係である。時には批判し、また時には協力してことに当たるべきなのだが、日本ではNGOそのものの歴史が浅く、社会に十分に認知されていないため、行政や企業の中にはNGOを自分たちより一段低く扱うところがある。もしくは、社会の重要なセクターであると認識していない人がいる。また、NGOは無給のボランティアの集まりと思われがちで、NGOに専従職員がいることや、事業から利益を出して職員の給与や管理費を生みだしていることは案外知られていない。

 このように、NGOはまだ日本の社会に馴染んではいないのが実情である。しかし、この法律によって環境分野も含め様々なNGOの存在が社会により明確に位置付けられれば、わが国の環境NGOの次なる展望も開けてくるのではないかと思われる。
 この法律ではさらに、第21条で「国は協働取り組みについて(略)必要な措置を講じる」となっており、第22条には「国および地方公共団体は(略)財政上又は税制上の措置その他の措置を講じる」とある。NGOにとっては見逃せない条文だ。知恵を絞って活用したいものである。

国と地方公共団体の役割
 第5条から8条までは国と地方公共団体の役割と義務について書かれている。国は法律に沿った基本計画を作り、総合政策を策定しなくてはならない。地方公共団体は地域の状況に合わせ、方針、計画を作成し、公表することになっている。
 国レベルでは人材育成策など各省庁の知恵比べとなり、地方公共団体の施策はかなり多様なものになるだろう。逆に、貧弱な政策しか出せない場合、その地域の活性化を阻害することになるわけで、これからは公務員も「環境保全、その意欲の増進、環境教育」といったことに目を見開かなくてはならなくなり、意識改革が迫られるのである。

 筆者は千葉県・三番瀬の市民参加型の政策決定に参加したが、担当の県庁職員が一番苦労していたことを思い出す。これまでとはまったく違う形の政策立案のため、戸惑うことが多く、意識的に市民参加を推進しようとがんばっていても、長い間に身に付いた習性は根強く、ちょっと気を抜くとすぐに昔ながらの方法論に戻ってしまう。その繰り返しで職員は精神的に非常に苦しかったと思う。しかし、それを見事に乗り越えて、市民との協働作業を成し遂げた。
 今回の法律を実際に運用するのは大変難しいことだと思われるが、三番瀬の前例もある。公務員の方々もぜひ、新しい時代の流れを汲み取って、法律の趣旨を前向きに捉えていただきたい。

学校教育など
 わが国の学校における環境教育はまだ十分ではない。ほとんどの学校で、環境教育は熱心な先生に任されたままである。学校として、もしくは教育委員会として取り組んでいる事例は少ない。文部科学省からの通達や指導要領などに沿って、通り一遍の環境教育でやり過ごしていることが多い。
 また、環境教育といったような幅の広い分野は学校だけで処理できるはずがない。先生の過重労働を避けるためにも地域の助けが必要である。しかし現実には、学校と地域との連携がしっくりいっていないことが多い。この関係改善が大きな課題である。
 そのための重要なポイントとして、地域と学校を結ぶコーディネーターの育成がある。わが国では一般的に、学校とNGOとの付き合いが浅い。信頼関係が築けるまで、お互いの立場を理解し、双方をつなぐ人材がどうしても必要である。
 この問題では特に、地域の教育委員会レベルでの対応策を打ち出してもらいたい。国、県レベルでは、インターネットを使ってのポータルサイトの設定など、モデルケースを募り、全国各地の生きた情報の交流を盛んにしたらいいのではないか。

人材認定事業
 第11条から18条までは人材認定等事業の登録制度について書き込まれている。「指導者を育成し、認定する事業であって主務省令で定めるものを行う国民、民間団体等は主務大臣(環境、文部科学、農林水産、経済産業、国土交通大臣)の登録を受けることができる」とあり、主務大臣は人材育成のための手引きなどの資料の収集、整理、分析及び結果の提供を行うことになっている。
 これだけではNGO側のメリットがあまり見えないが、大臣登録によってNGOの抱える人材に対し社会的な信頼性が増し、活躍の場が広がることが考えられる。また、国や地方公共団体が主催する各種事業に優先的に参加できる可能性も大きい。

 従来にない試みで、NGO活動に大きな刺激を与えることとなるが、現実に日本のNGOがどこまで対応できるか疑問が残る。また、どのようにしたら法の趣旨が生きるのだろうか。全国260の民間団体が結集して統一的な指導者育成カリキュラムを作成、運営しているNPO法人・自然体験活動推進協議会(CONE、通称コーン)の例を参考に検討してみたい。
 CONEは2000年5月、自然を舞台に活動する90の民間団体が結集してスタートした。ことの発端は、自然体験を主とする活動団体の会員数が減少したり伸び悩んだりしていたことだった。ボーイスカウトや日本野鳥の会など全国の主だった団体が似たような悩みを抱え、何とか活路を見出したいと考えていた。一方、各団体の指導者の姿が見えにくく、一般の人が自然体験を始める際に、どの団体の指導者が自分に適切なのか分かりにくい状態が続いていた。

 こうした状況を打開するため、1998年秋、文部省(当時)の富岡賢治・生涯学習局長が「共通の指導員制度を作ったらどうか」と提案、それを受けて60団体が「自然体験活動指導者研究会」を立ち上げた。当初は「川や海、山など対象が違う分野の指導者に共通カリキュラムは無理」と言う意見が強かったが、各団体の指導者育成現場をお互いに見る機会を作り、じっくり検討した結果、ほとんどの団体が「どの団体でも70%ぐらいは同じことをしている」と考えるようになった。技術的なものの一部は違っていても、目指すところは同じであり、基本的に学ばなければならないこともそう変わりはないことに気がついたのである。1999年末には「日帰りで身近な自然を案内できる」初級クラスの共通カリキュラムが完成、さらに中級、上級のカリキュラム編成を目指して2000年5月、CONEが発足した。
 2年間にわたり生涯学習局挙げてのご支援のおかげで、困難な作業が成功裏に終わった。CONE設立の際、役所との相談の結果、どの省庁にも属さないNPO法人とした。また、指導者認定も役所が行わず、民間、すなわちCONEが行うことにした(*6)

 その後、CONEは順調に発展し、2002年には、中、上級のカリキュラムも定まり、さらにこれら指導者を育成する人材を育てるためのトレーナー制度も確立した。2004年3月現在、1万6000人の指導者が全国で活動している。この指導者は全国各地の260団体に属しているが、カリキュラムの互換性があるため、専門分野が違っても共通のレベルとして扱うことができ、一般市民から見ても分かりやすくなった。また、団体間の交流も活発になり、一人でネーチャーゲームやキャンプ、カヌーなど二つ三つのリーダーの資格を取得する人も増えてきた。
 自然体験という非常に幅の広い活動のために、管轄する省庁が多くなったが、幸いなことに、CONEに対しては各省庁の壁を超えて協力を頂くことができた。民間団体が結集して活動した結果、自然体験という軸で各省庁の壁を切り崩し、横のつながりを作ることができたと自負している。そうした経験があるためか、自然体験を担当する各省庁の部局は現在でも交流が盛んで、政策を作る上で役に立っているという。

 さて、今度の法律による人材育成・認定制度だが、各省庁別々に登録することになっている。CONEの立上げを通じて、ようやく各省庁共通の制度ができたのに、ここでまたバラバラになってしまうのか、心配である。自然体験という立場から考えると、省庁の壁は意味がなく、できれば共通のシステムがあったほうが良い。
 すなわち、この法律による新制度をどのように活用すれば、役所の縦割り制度を超えたものにできるのか。知恵の出しどころだと思う。
 例えば、自然体験の分野に限っては、関係主務官庁とCONE、その他の団体、事業者などが討議できる場を作ったらどうか。自然体験の分野では、現実に日本の主だった民間団体が所属しているCONEのカリキュラムがかなり有効であるはずだ。この法律の人材登録などの事業がこれまでの民間の成果を生かす形で運営できるようにすべきであり、その方法は必ず見つかるはずである。

 自然体験以外の指導者については、役所の管轄が定まっていることが多く主務大臣ごとに登録しても差し支えないケースがあるが、中には自然体験指導者と同じように複数の省庁にまたがる場合もある。学校と地域のNGOとを結び付けるコーディネーターもそうである。教育部門、あらゆる技能や知識、経験を対象にコーディネートするわけだから、役所の窓口も様々である。そういった際にどのように対処していくのか、考えておかなくてはならないだろう。

 また、ここでの条文の中に、国が民間団体をコントロールするかのように受け取られるところがある。第12条の、民間団体の報告義務と国からの助言である。登録をさせておいて役所の言うことを聞く団体は支援し、うるさい団体は排除していくのではないかという不安が残る。こういったことについても、国はできるだけ早く具体的な事例を示し、民間団体、NGOからの不安を取り除く必要がある。
 そのほか、調査研究、資料収集なども民間団体もしくはCONEのようなNGOの連合体に任せる姿勢が欲しい。環境教育の分野では、長い間の民間の知恵が蓄積されている。いわゆるお役所的な取りまとめでは、実際の現場では役に立たないものが出てくる恐れがあるからである。

拠点整備
 第19条、20条で拠点整備と土地の手当てについての支援、措置を行うことが定められている。拠点整備は案外大事で、適切な拠点が整備されると様々な団体、事業者などが一緒に活動する機会ができる。
 特に地域社会では協働が大切で、お互いに顔が見える距離に住んでいる強みを活かすべきである。これまでは地域の活動拠点が少なく、各セクターがそれぞれ協働を願っていてもなかなかはかどらなかったが、この法律を駆使して拠点整備を進めたらよい。実際には、地方公共団体がリードし、国民、民間団体等が実際の活動を行うようにする形がよいだろう。その際、地方公共団体はあまり口をはさまず、主役はあくまで国民、民間団体等であることを忘れないようにしたい。
 この拠点整備、土地の手当てについても具体的な事例を積み上げることが大事である。熱心に実践している地域、民間団体等を抽出してパイロット事業的に支援していくのが効果的ではないかと思う。

おわりに
 明治以来、わが国は「欧米に追いつき追い越せ」でやってきた。その間、幾つかのエポックがあったが、特に第二次世界大戦後60年を経た今、再び大きな節目を迎えているようである。戦後50年間、経済の発展を最優先で突進してきたが、いわゆるバブル経済の崩壊後、国民の価値観が多様化しはじめた。また、地球環境問題の顕在化やアメリカ主導のグローバリゼーションへの対応など日本を取り巻く諸情勢が変化してきた。環境教育推進法もそうした時代の流れを感じさせる法律である。日本社会が長らく置き去りにしてきた市民活動について、再評価しようとする動きが高まっている中、その基本的な位置を定める法律ができた意義は大きい。
 大枠が定まった後、次は国が基本計画、総合政策を取りまとめる段階に入る。法律が生きるも腐るもこれからが勝負である。事業者やメディアをも視野に入れながら、国民、民間団体などの力を結集するような柔軟な施策を練り上げてほしい。
 この法律が目指すものははるか遠いところにあり、今はまだスタートしたばかりである。5年後の見直しを念頭に、徐々にではあるが着実に、各セクターが強力して「環境の保全のための意欲の増進と環境教育」をわが国に定着させていく努力を重ねていかなくてはならない。


*1 この法律でいう民間団体は非常に幅の広い概念で、政府、事業者以外の団体はみな含まれているようだ。本稿では、NGOはその民間団体の一部であると捉えている。また、NGOと環境NGOを使いわけているが、これも同様に、環境NGOをNGOの一部であると考えている。 

*2 2004年5月10日、3団体に電話で質問し、お答えをいただいた。

*3 ”Conservation Directory 2003”, National Wildlife Federation。アメリカの環境NGOの活動状況、所在地、規模などについては、この年鑑が役に立つ。

*4 http://www.natuinaltrust.org.ukを参照。

*5 カークパトリック・セール「新段階を迎えたアメリカの環境保護運動」『トレンズ』(アメリカ大使館)1994年5・6月号

*6 岡島成行「自然学校をつくろう」2001,山と渓谷社, p158-p190。




■バックナンバー
自然体験の夜明け
自然体験活動のすすめ
自然体験に追い風が吹いてきた
幼児と自然体験
若者たち
私の原風景
シャワークライミング
思い出の黄金色のトンネル
ジャック・モイヤーさんのこと
ジャック・モイヤーさんを悼んで
環境教育推進法が動き出す
NGOから見た環境教育推進法
冬山
都市と農山漁村の交流を考える

■著者紹介

岡島 成行(おかじま しげゆき)
(社)日本環境教育フォーラム理事長、環境ジャーナリスト、大妻女子大学ライフデザイン学科教授教授、自然体験活動推進協議会代表理事 など。
1944年1月 横浜市生れ。上智大学山岳部OB
読売新聞解説部次長をへて現職。 
主な役職:国土交通省・社会資本整備審議会委員林野庁・林政審議会委員・環境省・中央環境保全審議会臨時委員。環境省・政策評価委員会検討員。文部科学省・中央教育審議会臨時委員など。
著書:「アメリカの環境保護運動」(岩波新書、90年)、「レモンジュースの雨」(共著、築地書館、90年)、「Only One Earth」(桐原書店、91年)、「Green Issues」(桐原書店、93)「はじめてのシエラの夏」(翻訳・ジョン・ミューア著、宝島社、93年)
「地球救出作戦」(翻訳・チルドレン・オブ・ザ・ワールド著、小学館、94年)
「林野庁解体論」(洋泉社、97年)「Echoes of the Environment」(鶴見書房、99年)
「自然学校をつくろう」(山と溪谷社、2001年)など多数。