著者 岡島 成行


 ジャック・モイヤーさんをご存知の方はどのくらいいるだろうか。長らく三宅島で自然教室を開いてきたアメリカ人で、海洋学者としても有名な方だ。
 終戦後、アメリカ軍の仕事で日本を訪れたとき、日本の美しい自然に感動し、その自然を守ろうと決心した。アメリカ軍の支配下にあった日本において(イラクのような状態)、三宅島でアメリカ軍がある岩礁を使って、砲弾の演習をしようということになったのだが、その際に、当時のトルーマン大統領に手紙を書き、野鳥のためにこの演習を取りやめてもらいたいとモイヤーさんは訴えた。その意見が受け入れられ、三宅島での演習は中止になった。

 その後、モイヤーさんは三宅島に移り住んで、50年間にわたり子どもたちの自然体験教育に専念してきた。海が好きで、子どもが好きで、この間、自由自在に楽しく時を過ごしてきた。
 しかし、三宅島の噴火がすべてを変えてしまった。それまで三宅島町から給料としていただいていたお金が滞るようになった。当然のことながら、仕事ができないのだから収入が途絶える。それまで順調にいっていたフィリピンの自然学校の経営も傾いてきた。
 そうすると、残るのは借金である。モイヤーさんは負債に苦しむようになる。もともと経営的センスはない人で、自然学校で子どもたちにいろいろな事を教えるところに、才能を見出してきた人だから、負債処理のような作業には非常に弱い。

 噴火以来、モイヤーさんの経営するフィリピンの自然学校は赤字続きで、借金はふくらむばかり。モイヤーさんは借金返済のための借金の依頼に、日常を過ごすことになる。モイヤーさんの評判は落ち、50年間にわたって築いてきた信用は、失墜しかねない状態になってきた。モイヤーさんはしかし、経営的センスがないから、その辺りのことは分からない。
 いつの間にか、モイヤーさんは孤立してくる。日本の友人からは、お金を借りに来るようになった、迷惑だ、といった声が聞こえ始めてきた。モイヤーさんの心情を理解する人は残念ながら、少ない。

 それやこれやで、日本に人生の大部分を提供したアメリカ人の努力は、無に帰そうとしている。それを放っていていいものか。日本の自然体験活動の草分けのような人の苦境を、知らんふりをするのだろうか。モイヤーさんが戦後日本に貢献してきたことを知りながら、日本人としてモイヤーさんの苦境を助けることはできないものか、と考えた。

 そこで、モイヤー支援基金を設置したいと思う。理屈はどうでもいい。モイヤーさんの苦境を救い、モイヤーさんにもう一度日本の海に帰ってもらい、子どもたちに海のすばらしさを伝えてもらいたいのだ。

 この自然体験ドットコムで、モイヤーさんの支援活動の提唱をしたい。お金でも仕事でも、みなさんからのご支援をいただいて、モイヤーさんにこの苦境を切り抜けてもらいたい、と思う。
 2004年1月から、ジャック・モイヤー基金を設置したい。私が責任者になり、東京・新宿の日本環境教育フォ-ラムに事務局を置かせてもらおうと思う。
 このホームページをごらんになっている方で、モイヤーさんを支援しようという方はぜひ、日本環境教育フォーラムの岡島までご連絡をお願いします。
電話は03-3350-6770、メールはokajima@jeef.or.jpです。




■バックナンバー
自然体験の夜明け
自然体験活動のすすめ
自然体験に追い風が吹いてきた
幼児と自然体験
若者たち
私の原風景
シャワークライミング
思い出の黄金色のトンネル
ジャック・モイヤーさんのこと
ジャック・モイヤーさんを悼んで
環境教育推進法が動き出す
NGOから見た環境教育推進法
冬山
都市と農山漁村の交流を考える

■著者紹介

岡島 成行(おかじま しげゆき)
環境ジャーナリスト、大妻女子大学ライフデザイン学科教授教授、(社)日本環境教育フォーラム専務理事、自然体験活動推進協議会代表理事 など。
1944年1月 横浜市生れ。上智大学山岳部OB
読売新聞解説部次長をへて現職。 
主な役職:国土交通省・社会資本整備審議会委員林野庁・林政審議会委員・環境省・中央環境保全審議会臨時委員。環境省・政策評価委員会検討員。文部科学省・中央教育審議会臨時委員など。
著書:「アメリカの環境保護運動」(岩波新書、90年)、「レモンジュースの雨」(共著、築地書館、90年)、「Only One Earth」(桐原書店、91年)、「Green Issues」(桐原書店、93)「はじめてのシエラの夏」(翻訳・ジョン・ミューア著、宝島社、93年)
「地球救出作戦」(翻訳・チルドレン・オブ・ザ・ワールド著、小学館、94年)
「林野庁解体論」(洋泉社、97年)「Echoes of the Environment」(鶴見書房、99年)
「自然学校をつくろう」(山と溪谷社、2001年)など多数。