- 第11回 -  著者 立松 和平


「原っぱ」

 草の中に小道があった。力強く繁っている草と草とを結べば、小さな罠になった。走っていると、ほうり投げられるようにして転倒する。誰かが草を結んで罠をつくっておいたのである。突然足元を払われたようになるのだが、草の上に落ちるのだし、そもそも身体は軽いので、怪我もしなかった。罠にかかったのが悔しいので、自分もまた草と草とを結んでおく。

 そんな罠があっちこっちにあるのがわかってくると、原っぱを歩くのも注意して足元を一歩一歩探って進むことになる。わたしが子供の頃には、原っぱがたいてい近所にあった。家が建てられてない空地には、放っておくと草が生い繁ってくるのである。

 原っぱではよく野球をしたものだが、問題は草の中にはいるとボールが隠れて見えなくなってしまうことであった。ボールが外野に飛んで隠れてしまうと、試合を中断してみんなで探したものであった。

 原っぱでは鬼ごっこをし、相撲をとり、寝っ転がって空を見上げた。流れていくのは雲のほうなのに、自分が地面を背負って流れていくように感じられた。草の穂を登っていったバッタが、穂がたれてきて隣の草に移り、また穂を登っていく。バッタやテントウ虫が顔の上を歩くと、こそばゆい。

 目をつぶって太陽のほうに顔を向ける。目蓋から真赤な色が透けてきて、熱を顔全体に伝える。顔を少し横にずらして目蓋を上げると、雲からまったく同じ型の赤味を含んだ影が横にずれてきて、雲よりも軽く雲よりも高い空に上がっていくのだった。それがおもしろくて、いくつもの影を雲から飛ばした。

 原っぱは草が生えている空地なのだが、そこにはなんでもあった。


■バックナンバー
私の自然体験(1)
私の自然体験(2)
私の自然体験(3)
私の自然体験(4)
私の自然体験(5)
私の自然体験(6)
私の自然体験(7)
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私の自然体験(9)
私の自然体験(10)
私の自然体験(11)

■著者紹介
立松 和平(たてまつ わへい)
1947年 栃木県生まれ。作家。
1980年 小説「遠雷」で第2回野間文芸新人賞受賞、1986年アジア・アフリカ作家会議の「85年度若い作家のためのロータス賞」、1993年「卵洗い」で第8回坪田譲治文学賞
1997年小説「毒―風聞・田中正造」で第51回出版文化賞など受賞。
国内外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が、多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題に取りくみ、積極的に発言している。
最近の小説に「ラブミー・テンダー 新 庶民列伝」(文藝春秋)、「日高」(新潮社)、「木喰」(小学館)、紀行に「旅する人」(文芸社)、絵本物語に「虹色の魚」(河出書房新社)など。