- 第4回 -  著者 立松 和平


「虫が減った」

 霊長類学者の河合雅雄さんとラジオの番組で話す機会があった。河合さんは子供の頃から川で遊び、川から限りない恵みをもらって育ってきたという。もちろん私も同様である。川で遊び、そのことで成長していく日本の子供を、私たち仲間うちではニッポンカワガキと、親しみを込めて呼んでいる。

 そのニッポンカワガキは絶滅危惧種なのである。原因はニッポンカワガキの生息環境がなくなってきたからで、川の水が汚れたことと、大人たちが子供が川で遊ぶことを禁止したことが主な原因である。これは文化的な危機だと私は考えているが、論の展開は改めて別にすることにする。

 河合さんは森の中から昆虫が激減したという。昔は昆虫採取は家にいればできたのである。夜、電燈の明かり誘われて、いろんな虫が家の中にはいってきた。蝶や蛾はもとより、蝉、カブトムシ、クワガタムシ、カミキリムシ、黄金虫、カナブン、キリギリス等々、戸の隙間をどうやって見つけるのか、部屋の中にとびこんでくるのだ。部屋にいながらにして昆虫採取ができ、夏休みの宿題はそれで充分であった。

 あれほどまでにいた虫は、いったいどこにいってしまったのだろう。森にはいっても、虫の数はうんと少なくなった。これでは虫を餌とする鳥たちも影響を受けないはずがない。自然界に大きな変化が起こっているのかもしれない。

 実証されたわけではなく仮説なのだと河合さんは前置きして、それはきっと環境ホルモンの影響ではないかというのである。環境ホルモンは微量で大きな効き目がある。なんらかの環境ホルモンが、虫たちの生殖能力を奪っているのだという。

 もしそうだとしたらこれは大変なことだと、私は思ったしだいである。

...続く


■バックナンバー
私の自然体験(1)
私の自然体験(2)
私の自然体験(3)
私の自然体験(4)
私の自然体験(5)
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私の自然体験(8)
私の自然体験(9)

■著者紹介
立松 和平(たてまつ わへい)
1947年 栃木県生まれ。作家。
1980年 小説「遠雷」で第2回野間文芸新人賞受賞、1986年アジア・アフリカ作家会議の「85年度若い作家のためのロータス賞」、1993年「卵洗い」で第8回坪田譲治文学賞
1997年小説「毒―風聞・田中正造」で第51回出版文化賞など受賞。
国内外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が、多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題に取りくみ、積極的に発言している。
最近の小説に「ラブミー・テンダー 新 庶民列伝」(文藝春秋)、「日高」(新潮社)、「木喰」(小学館)、紀行に「旅する人」(文芸社)、絵本物語に「虹色の魚」(河出書房新社)など。