- 第1回 -  著者 立松 和平


「川の釣り」

 どんなに小さくても、両岸がコンクリートの堤防でふさがれていない自然のままの川を見ると、私は子どもの頃に遊んだ川を思い出す。子どもの時代に川で遊んだ人は誰も、自分の川というものを持っているものだ。近所の人しか知らない名もない川であっても、そこはその人にとって聖地なのである。
 川でまずする遊びは、泳ぐことと、釣りをすることであろう。釣りといっても、道具はなるべく簡単なほうがよい。自分で工夫するのが、一番である。

 私が子どもの頃にした釣りはこうである。

 釣針だけは、子どものための近所の駄菓子屋で買った。金がかかるのは、それだけである。糸は母親の針箱から木綿糸を少々いただき、二本か三本寄り合わせて使った。おもりはかつては乾電池を包んでいる鉛の板をとって使ったものだが、今は電池は分別収集のゴミに捨てなければならない。缶詰の缶の蓋でも、缶ジュースのプルトップでもいいから、重いものを拾ってくればよい。

 竿は川岸に生えている笹竹を、ナイフで伐って使った。昔は男の子なら誰でも小さなナイフの肥後守を持っていて、たいていどんなことでもナイフ一挺でやったものである。

 川の中にはいり、石をひっくり返すと、川虫やらチョロ虫がいくらでもいた。ウスバカゲロウなどの幼虫で、清流でなければ生息しない。これらの虫はいくらでもいたから、昔はどの川もたいていきれいだったのだ。

 川虫やチョロ虫を釣針につけ、水の流れの中に落す。どんな流れのところに魚がいるかは体験的に知っていた。つまり、遊びながら川を観察し、自然のことをたくさん知ったのである。

 釣ったり泳いだりすることは遊びに過ぎないのに、いつの間にかたくさんのことを学び、自然のことをよく知るようになっていた。遊ぶのは、大切なことなのである。

...続く


■バックナンバー
私の自然体験(1)
私の自然体験(2)
私の自然体験(3)
私の自然体験(4)
私の自然体験(5)
私の自然体験(6)
私の自然体験(7)
私の自然体験(8)
私の自然体験(9)

■著者紹介
立松 和平(たてまつ わへい)
1947年 栃木県生まれ。作家。
1980年 小説「遠雷」で第2回野間文芸新人賞受賞、1986年アジア・アフリカ作家会議の「85年度若い作家のためのロータス賞」、1993年「卵洗い」で第8回坪田譲治文学賞
1997年小説「毒―風聞・田中正造」で第51回出版文化賞など受賞。
国内外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が、多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題に取りくみ、積極的に発言している。
最近の小説に「ラブミー・テンダー 新 庶民列伝」(文藝春秋)、「日高」(新潮社)、「木喰」(小学館)、紀行に「旅する人」(文芸社)、絵本物語に「虹色の魚」(河出書房新社)など。