- 第10回 -  著者 立松 和平


「雪合戦」

 雪が降ると、まわりの景色がまったく変わり、新鮮だった。こう書くと、雪国の人には叱られるかもしれない。関東平野の北のはしっこの宇都宮は、冬はカラッ風と呼ばれる乾いた埃っぽい冷たい風は吹きまくるのだが、雪が積もるのは一冬に一度か二度だ。

 「せっかく雪が降ったのだから、午前中は雪遊びをしましょう」
 小学校の先生はこういい、みんなはわあっと歓声を上げて外にでていく。まず、雪ダルマつくり競争をやる。班の単位でそれぞれに工夫をこらして仕上げ、コンテストというわけでもないのだが、どれが一番よい出来かというのはおのずから決まる。眉や口には木の枝を使い、目や鼻は石をはさみ込んだ。

 なんといっても楽しいのは、雪合戦だった。学校の校庭では乱暴なこともできなくて、放課後に子供たち同士の遊びとしてやることが嬉しかった。雪のボールをつくってぶつけ合うのだが、道路は畑も区別がなかったから、広い空間を自由自在に使うことができた。夢中になって畑を駆けまわり、肥溜めに落ちることもあった。

 今ではすっかり姿を消してしまったが、たとえ郊外の住宅でも、畑のあるところには必ず肥溜があった。人糞を発酵させて肥料にするためのものだ。人の糞でも完全に熟させれば、完璧な肥料になる。化学的な処理などよりも、理想的なリサイクルである。難点は、少々不快なにおいがすることだ。
 落ちると、泣きながら家に帰る。風呂場で母親に真裸にされ、頭から水をかけられた。一番いやだったのは、友達にそれから一年間ぐらいは「臭い臭い」といわれたことだ。
 雪合戦中に肥溜に落ちるのは、まるで地雷を踏んで爆死するようなものだった。



■バックナンバー
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私の自然体験(10)

■著者紹介
立松 和平(たてまつ わへい)
1947年 栃木県生まれ。作家。
1980年 小説「遠雷」で第2回野間文芸新人賞受賞、1986年アジア・アフリカ作家会議の「85年度若い作家のためのロータス賞」、1993年「卵洗い」で第8回坪田譲治文学賞
1997年小説「毒―風聞・田中正造」で第51回出版文化賞など受賞。
国内外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が、多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題に取りくみ、積極的に発言している。
最近の小説に「ラブミー・テンダー 新 庶民列伝」(文藝春秋)、「日高」(新潮社)、「木喰」(小学館)、紀行に「旅する人」(文芸社)、絵本物語に「虹色の魚」(河出書房新社)など。