- 第8回 -  著者 立松 和平


「冬のザリガニとり」

 冬のザリガニとりはスリルに満ちていた。水のない冬枯れの田んぼにいくと、泥がまるで火山のような形をして盛り上がっているところがある。それがザリガニの巣で、ザリガニが掘った泥を外に出したのだ。

 ザリガニはこの巣の穴の底で冬を越すのである。ザリガニをつかまえるには、この巣の中に腕をいれればよい。道具などは何もいらないのであった。
 田んぼに両膝をつき、ズボンが汚れるのを気にしながら、穴の中に腕をいれていく。だがハサミで攻撃される危険がある。指を鋏ではさまれると痛いから、恐る恐る腕をいれ、いないやといって途中で引っ込めてしまうことになる。学年の低い子供たちは、たいていそんな感じであった。

 しかし、五年生か六年生になると、そんないいかげんなこともできなかった。服を汚すとお母さんに叱られるなあと思いながら、土の上に寝そべり、穴の中に腕をいれる。恐る恐るやったのでははさまれる危険があり、一気に突っ込んでつかんでくるのがこつである。とにかく強引にして、指に触れたのものは即座につかんでしまうのである。はさまれてもちょっとの間痛いだけで、穴の外に出して地面に置けば、鋏ははずれた。

 冬のザリガニは赤黒くて、丸々と太っていた。田んぼに置くと両方の鋏を振り上げて構え、こちらを威嚇する。うしろに手をまわすと、背中を簡単につかむことができた。
 バケツに水をいれてザリガニを飼ったりもするが、愛敬のある表情も動作もないので、つまらない。せっかくつかまえたザリガニも、巣の穴に戻した。とるのが楽しいだけのことであった。



■バックナンバー
私の自然体験(1)
私の自然体験(2)
私の自然体験(3)
私の自然体験(4)
私の自然体験(5)
私の自然体験(6)
私の自然体験(7)
私の自然体験(8)
私の自然体験(9)

■著者紹介
立松 和平(たてまつ わへい)
1947年 栃木県生まれ。作家。
1980年 小説「遠雷」で第2回野間文芸新人賞受賞、1986年アジア・アフリカ作家会議の「85年度若い作家のためのロータス賞」、1993年「卵洗い」で第8回坪田譲治文学賞
1997年小説「毒―風聞・田中正造」で第51回出版文化賞など受賞。
国内外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が、多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題に取りくみ、積極的に発言している。
最近の小説に「ラブミー・テンダー 新 庶民列伝」(文藝春秋)、「日高」(新潮社)、「木喰」(小学館)、紀行に「旅する人」(文芸社)、絵本物語に「虹色の魚」(河出書房新社)など。