- 第3回 -  著者 立松 和平


「魚を突く」

 木箱の底にガラスが張ってある。その底のガラスを水面にあてると、川底がよく見える。石と石の間にわずかに砂がたまって、底が平らになっている。そこにカジカが腹をつけて沈んでいるのだった。
 カジカは頭が大きくて、目も口も大きな魚である。砂の色をし、おまけに動かないので見つけにくいのだが、えらがわずかに動いて呼吸しているので、生きていることがわかる。

 そのカジカをとる方法は、ヤスで突くのである。鉄で一列に四本の尖った刃がならべてあり、それが根元で一本にあわさっている。鉄でできているそこまでが店で売っているのだ。子供たちは小遣いを貯めて、ヤスを買うのであった。買ってから、刃の部分をヤスリで研いで鋭くすることもある。
 ヤスの根元のほうは、長く伸びた一本の鉄の棒である。これを節をくり抜いた竹の棒の中にいれる。それからヤスが抜けてしまわないように、針金をきつく巻いて締めるのである。
 ガラス箱を持ってる子供は少ないので、水中眼鏡をかけて水に顔を押しあて水中を探るのが、一般のやり方である。それだとすぐに息が苦しくなり、顔を上げて呼吸しなければならない。いつまでも水中を見ていられるガラス箱が、一番使いやすい。

 ヤスを使う場合に、どうしても注意しなければならないことがある。ガラス箱の上は空中で、ガラス越しに水中を見ているのだから、光は屈折している。したがってヤスで川底の魚を突くには、その屈折率を計算しなければ、まったく違うところを刺してしまうことになる。まさか自分の足を刺すことはないが、小さなカジカを突くのは案外に難しい。突いた魚は、ガラス箱にいれておく。
 せいぜい七センチか八センチぐらいの魚なので、焼いても食べるところは少ない。このカジカを少し焦げるくらいに炙り、熱く燗をした日本酒にいれると、香ばしいカジカ酒になる。そのことを知ったのは、もちろんずっと後で、大人になってからのことである。

 カジカは清流にしか住まない魚で、この頃めっきり姿が少なくなった。

...続く


■バックナンバー
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■著者紹介
立松 和平(たてまつ わへい)
1947年 栃木県生まれ。作家。
1980年 小説「遠雷」で第2回野間文芸新人賞受賞、1986年アジア・アフリカ作家会議の「85年度若い作家のためのロータス賞」、1993年「卵洗い」で第8回坪田譲治文学賞
1997年小説「毒―風聞・田中正造」で第51回出版文化賞など受賞。
国内外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が、多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題に取りくみ、積極的に発言している。
最近の小説に「ラブミー・テンダー 新 庶民列伝」(文藝春秋)、「日高」(新潮社)、「木喰」(小学館)、紀行に「旅する人」(文芸社)、絵本物語に「虹色の魚」(河出書房新社)など。