- 第2回 -  著者 立松 和平


「川で泳ぐ」

 小学校でも中学校でも、プールというものはほとんどなかったから、私たちが子供の頃には泳ぐといえばほとんど川であった。川は流れが複雑で、川面と中とは流れの方向が違ったりし、底も平らではない。だから泳ぐのも、川のことをよく知らなければならないのである。

 泳いでいると、時どき流され、足の裏が川底につかなくなることがある。上を見ると銀色の川面が美しく、角度によって空の青い色が染み出してくる。落ち着いていればなんということもないのだが、あせってもがくと、水をたっぷり飲むことになる。

 だが流されているうちに、大体足の裏が川底の砂利や砂につくものである。泳ぐのも岸辺に近いところだからだ。

 もしプールでしか泳いだことがないならば、自然の荒らあらしい川にほうり出された時、それに向かっていく力はない。変化に富んだ川で泳ぐと、どんな状況にもでも対応することができる力がつくのである。遊びながら、自然と向かい合う力を養っているということなのである。危険を避けつづけて一生それですめばよいのだが、人生は一歩先に何があるかわからない。それなら子供の頃に、変化についていける力をつけておくほうがよいのである。

 川で泳いで楽しいのは、水中ですぐ隣に魚の姿があったりすることだ。魚はいかにも好奇心をみなぎらせ、目玉をキョロキョロ動かしてこちらを見ている。魚に対して、親愛の気持ちが湧く。

...続く


■バックナンバー
私の自然体験(1)
私の自然体験(2)
私の自然体験(3)
私の自然体験(4)
私の自然体験(5)
私の自然体験(6)
私の自然体験(7)
私の自然体験(8)
私の自然体験(9)

■著者紹介
立松 和平(たてまつ わへい)
1947年 栃木県生まれ。作家。
1980年 小説「遠雷」で第2回野間文芸新人賞受賞、1986年アジア・アフリカ作家会議の「85年度若い作家のためのロータス賞」、1993年「卵洗い」で第8回坪田譲治文学賞
1997年小説「毒―風聞・田中正造」で第51回出版文化賞など受賞。
国内外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が、多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題に取りくみ、積極的に発言している。
最近の小説に「ラブミー・テンダー 新 庶民列伝」(文藝春秋)、「日高」(新潮社)、「木喰」(小学館)、紀行に「旅する人」(文芸社)、絵本物語に「虹色の魚」(河出書房新社)など。