- 第5回 -  著者 立松 和平


「喧嘩をした」

 川などで遊んでいて、魚釣りをしていたのに泳いでいって魚を追い払ったとか、水をはねて顔にかけたとか、どうでもいいようなことで喧嘩になることがあった。元気な男の子同士なので、ぶつかり合うことはしばしばだったのである。

 「やれよ」

 ガキ大将がいて、お互いにそんなにも自己主張するなら、思いきって腕っぷしで白黒をつけたらだどうだというのである。そういわれたのなら、当人としては喧嘩をするしかない。勝つ自信はないのだが、ここまできたのなら、後へは引けないのである。
 喧嘩とは、殴り合いである。友達が大勢いる前でやるのだから、逃げることはできない。立ち合い人はガキ大将である。石を持って殴るなど最低のそのまた最低で、ボクシングでの体重をかける殴り方のナックルブローも反則で、握った拳の指を揃えた内側で相手をさするような具合で殴る猫パンチが、正しい喧嘩のやり方だとされた。猫パンチはすごい音がでて、殴ったほうの指が痛い。そして殴ることは、心も痛いのであった。

 「もうやめろ。いいだろう」

 お互いに納得するところで、ガキ大将が声をかけて喧嘩をやめさせる。ガキ大将がやめろといってくれるのだから、顔が立つのである。どちらも内心ではその声がかけられるのを待っていたのだ。
 こうして男の子は人を殴ることの痛みを知ったのであった。どこまでやれば怪我をするか、心が痛いか、実際に体験をして知る。喧嘩のやり方というのは、実際の人生の上でも必要なことで、子供たちは川遊びをしながら人生の勉強をしたのである。
 喧嘩をした相手とはよくわかり合うことができ、その後案外仲良くなったものだ。

...続く


■バックナンバー
私の自然体験(1)
私の自然体験(2)
私の自然体験(3)
私の自然体験(4)
私の自然体験(5)
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私の自然体験(7)
私の自然体験(8)
私の自然体験(9)

■著者紹介
立松 和平(たてまつ わへい)
1947年 栃木県生まれ。作家。
1980年 小説「遠雷」で第2回野間文芸新人賞受賞、1986年アジア・アフリカ作家会議の「85年度若い作家のためのロータス賞」、1993年「卵洗い」で第8回坪田譲治文学賞
1997年小説「毒―風聞・田中正造」で第51回出版文化賞など受賞。
国内外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が、多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題に取りくみ、積極的に発言している。
最近の小説に「ラブミー・テンダー 新 庶民列伝」(文藝春秋)、「日高」(新潮社)、「木喰」(小学館)、紀行に「旅する人」(文芸社)、絵本物語に「虹色の魚」(河出書房新社)など。