- 第2回 『私の原体験』 -  著者 星野 敏男


 私の体験感覚の原点回帰について理解していただくために、私が生まれ育った環境とその時代背景や当時の世相、原点となった自然体験などについても少し紹介しておく必要があろう。
 私は昭和26年(1951年)栃木県の山間部で7人兄弟の末っ子として生を受けた。現代の若い人たちには「戦後間もない頃」と言ったほうが時代の感じがつかみやすいかもしれない。ちなみに、私の父と母は明治末年の生まれである。
 私が生まれ育った集落では、近くの神社の神主さんのもと数軒の共同体で冠婚葬祭を営むような地域でもあった。そのため、かなり古い時代の習慣や風習(例えば土葬など)がそのまま残っていた。その頃は、テレビや電話もまだ各家庭には備わっていない時代でもあり、私の集落には商品を販売するお店なども無く、生活に必要な品々は行商の人が町から売りに来るような地域でもあった。

 当時の子どもたちにとっては、家の近くを流れる渓流や近くの山々、畑や田んぼが毎日の遊び場ともなっていたし、人々の暮らしや日常生活の中にも「自然」が深く入り込んでいる時代でもあった。このようなところで生まれ育ったためか、私は、同世代の仲間たちとはちょっと異なった子ども時代を送っていたように思う。

 写真は私が7歳の時の写真である。私は既にこの頃から実家のすぐ前を流れる川で魚を獲っていた。左手に持っているのは父親が子供用に作ってくれた箱メガネで、右手に持っているのは魚を突いてとるためのヤスである。この道具で私はずいぶんと川魚をとった。この頃の川遊びや山遊びで体験したさまざまなことがすべての原点となって今の私につながっている。


■バックナンバー
なぜ、いまなぜ自然体験が必要なのか(1)
なぜ、いまなぜ自然体験が必要なのか(2)
なぜ、いまなぜ自然体験が必要なのか(3)
学校教育と自然体験(1)
学校教育と自然体験(2)
学校教育と自然体験(3)
学校教育と自然体験(4)
学校教育と自然体験(5)
学校教育と自然体験(6)
原点回帰の川あそび、山遊び(1)
原点回帰の川あそび、山遊び(2)

■著者紹介

星野 敏男(ほしの としお)
明治大学名誉教授 1951年栃木県生まれ。東京教育大学体育学部、筑波大学大学院で野外運動、野外教育を研究。1978年から2022年3月まで明治大学に勤務。体育や野外スポーツ関係の授業を数多く担当する。1985年から86年の1年間は、アメリカ北イリノイ大学大学院野外教育研究科に客員研究員として在外研究。日本野外教育学会理事長や日本キャンプ協会会長など歴任。自然体験・野外教育の研究分野では日本の第一人者のひとりとして著名。著書、論文多数。