第6回 著者 杉原 五雄


今年も大平宿へ向かって出発進行
 2001年10月25日(木) 天気予報では雨の心配はないが、やはり気になるのはお天気。目覚めと共に空を見上げると、頭上にはオリオンが、この学習の成功を約束してくれているかのように素晴らしい輝きで私に微笑みかけてくれる。
 雲一つない空を見上げながら、たくさんの保護者や教職員に送られて元気に出発したバスは、大平宿を知り尽くした飯田のベテラン運転手がハンドルを握る。大型のバスが入れない秘境である『大平宿』には、慣れない都会の運転手では心もとないので、あえてお願いした飯田の地元の中型のバス3台。
 諏訪湖までの車窓からは左に南アルプス、右に八ケ岳の山々が我々を歓迎しているようにきれいな姿を見せてくれる。例年より10日ほど早いという紅葉が美しい。岡谷のJCを過ぎ伊那路に入ると、飯田はもうすぐ。飯田のインタ-付近の、たわわに実った真っ赤にリンゴの出迎えで、子どもたちから思わず歓声が上がる。
 予定よりかなり早く、午前11時過ぎには今日の目的地である『柿の沢センタ-』に到着できた。ここは今回の自然体験学習のメ-ンの一つである、私たちの『中幡の森』を創るという壮大な夢作りの現地でもある。

自分たちが育てた苗を植樹
 『中幡の森創り』という夢の理解者である宮内博司さんから、歓迎の挨拶をいただき、素晴らしい景色の中で昼食をとる。
 去年は、最初だったこともあり報道関係者がずらりと並び、鍬入れの時には一斉にフラッシュがたかれていたが、今年はそれほどのセレモニ-はない。それでも朝日新聞や中日新聞、地元の数社の新聞記者の取材に、子どもたちもニコニコしながら応じている。地元の新聞には、翌日大きく報道された記事を見せていただいたが、どの新聞社も実に好意的 な書いてくれているようである。学校に帰ってから保護者から聞いたことであるが、朝日新聞と東京新聞は都内版に掲載しているとのことで、この自然体験学習という実践が広まる期待がふくらんでくる。

間伐の必要性を学ぶ
 植樹が終わると、今年の6年生の『総合的な学習の時間』の大きな課題である環境問題を考えるために、特にお願いした森林の間伐作業体験である。数人のグル-プに分かれて森に必要のない木を伐採する。必要でない木というと誤解が生れそうであるが、森を守るためには間伐は大変重要な作業であることを教えたい。実際に木を切り倒すことが重労働で、森を守ることがいかに大変かを少しは実感できるのではないだろうか。
 宮内さんから鋸の使い方や、切り倒す方向を見定めての切り口・受け口など、本格的な森林作業の仕方を指導していただいた子どもたちは、生れて初めて本物の木を切るという作業に夢中に取り組む。
 20mにも及ぶ立木を伐採するのだから、体験学習とはいえかなり本格的な作業である。最初のグル-プでは、木が倒れる時に倒れる方向とそのパワ-が予想がつかず、凄い驚きの声があがったが、それぞれのグル-プで協力しながら、実に有意義な楽しい間伐体験が進んでいる。
 ただ、教師にとっても初めての体験であるので、木が倒れる方向の予想を付けるのが難しく、折角植樹した苗木を痛めそうになるなど、思わぬ失敗もあり、来年は先に間伐作業を体験してから植樹が良いだろう、という反省まで手に入れることができたのも大きな収穫である。
 一連の作業に続いて、来年の植樹の苗を育てるためのドングリ拾いである。今年の6年生が持ってきたドングリの苗は、去年の子どもたちが当地で拾ったドングリを発芽させ教室で育てた苗であるが、その数がわずか十数本だったので、来年は数十本、できれば一人一本の苗を持ってきたいと考えているので、大量のドングリを持ち帰り発芽させるという計画である。

今年も来ました『大平宿』へ
 充実した時間を過ごした子どもたちは、いよいよ今回の学習の生活の場である『大平宿』にむかう。飯田から大平宿まで約20km、大型バスは入らない山道の連続である。
 去年は直接大平宿に向かったので、子どもたちは曲がりくねった山道で紅葉に感激しては歓声をあげ、ぎりぎり中型バス1台が通れるような細い道での、対向車との行き違いに感動の声を上げていたが、今年は植樹や伐採に満足したのか、バスの中は静かで大方は眠りに入っている。
 午後4時前、大平宿に到着。今年も大平宿を守る会の世話役の羽場崎さんの出迎えがあり、歓迎の挨拶をいただく。あらかじめ勉強してきたことであるが、初めて目にする山村風景に興味津々、そしてこれから始まる3日間の体験に対しての期待が高まってきたのか、一人一人の子どもたちの瞳が輝いている。
 それぞれの家に分散し荷物などの整理をして、いよいよ食事の準備である。ところが手違いで頼んでいた食材が届かない。携帯電話の電波の届かないこの廃村『大平宿』では、唯一の連絡手段が、一台きりの緑の公衆電話であるが、これもカ-ドが使えない代物ときているので、外部との連絡もままならない。
 そのうち届くだろうと、のんびり構え、その間に、初めての薪割りと囲炉裏と竈の火おこし作業を楽しむ。待つこと約40分、やっと食材が届く。今年は全ての子どもたちが全ての体験を味わえるための工夫として、それぞれの任務が完全に分担できるようにグル-プ分けがなされており、事前指導が十分なこともあり、動きが実にスム-ズである。
 夕暮れが迫り、気温が急速に落ちはじめる。上弦を過ぎた月のおかげで、すっかり日が落ちても月明かりが、分散している家々との連絡程度の行動には懐中電灯なしでも可能にしてくれる。
 最初の食事はカレ-である。炊事係の児童は真剣である。生れてはじめて経験する竈で釜を使ってのご飯炊き、囲炉裏での料理作りなど、なかなか手際よい。去年の経験が生きているのだろうが、教師たちの指示が確実に通り、作りはじめが遅れたにもかかわらず出来上がりは早く、ご飯もカレ-もなかなかの出来ばえである。
 去年は、全く初めての事だったので、教師も不慣れだったこともあり、できるだけ手がかからない方法を選択したが、今年は本格的な料理の連続である。たった一回の経験で、これほどまで変化するとは驚きと同時に、本校の教師の質の高さに敬意を表すると同時にこのような教師集団と一緒に生活できる幸せを改めて感じることができた。
 この後は例年通り、星空の観察やナイトウォ-ク、肝試しなどを行なうのであるが、基本的な様子は前回掲載しているので省略することにする。

今年も冷える大平宿の夜
 夜の冷え込みはかなりなものであるので、携帯カイロを身につけて寒さに対して十分な用意をして寝袋にもぐり指示を出し、しばしのお喋りタイムをとって消灯。長い価値ある体験の連続で満足した子どもたちの安らかな寝息が聞こえて来る。
 子どもが寝てからも教師たちの仕事は続く。その最大が囲炉裏の火を絶やさないことである。火を絶やすとたちまち冷えが襲って来る。去年も利用した『からまつや』という家は、部屋には襖があって身体を寄せ合って寝ると寒さはしのげるが、今年初めて利用する『ますや』は、昔旅籠だったという家なので、襖もないので大変である。
 囲炉裏の回りは防火という意味からも当然板張りである。先生たちは火を絶やさないという重要な仕事があるので、その板張りの上に寝袋をしいてもぐり込むことになるが、すぐそばに囲炉裏の火があるとはいえ、寝袋の薄い布を通して体温が板が奪い取るので、大変である。

『おはよう』爽やかな目覚め
 『おはよう』午前6時、第二日目の夜明けと共に子どもたちの声がしはじめる。雲一つない快晴。抜けるような青空に、木々の紅葉が一段と映える。さわやかな冷気が、今日の子どもたちの活動を祝うかのような気持ちの良い一日のはじまりである。
 前を流れる小川の清流で顔を洗い、歯をみがく。太陽が顔を出すと気温は上昇しはじめる。着替えをすませ、前の広場に集合、朝の挨拶を交わし体操で身体をほぐす。どの子も元気で生き生きとした顔で、今日の生活を心から楽しみにしているようである。
 朝会が終わると、早速食事の用意にかからなければならない。この体験学習では、自分たちが食事を作らなくては生きて行けない、ということを実感する事も大きなねらいになっているので、食事作りは大仕事である。
 今日の食事当番は、昨日の夕食作りとは違う子どもの担当である。今年は学級単位ではなく学年というまとまりで班編成をし、全ての子どもが全ての体験を実感できるように実に細やかな配慮をしている。教師は、係の子どもが違うので、その都度指導しなければならないが、この方法のおかげで、子どもたちは自分の仕事を確実に知り、責任感を持って事にあたるので、実に動きが良い。
 助け合わなくては生きて行けなかった昔の生活を、知らず知らずに身につけていくのも、この体験学習の良さである。きっとこの生活が、今後の小学校生活はもとより人生の糧として生きていくに違いない。
 教師の負担は大変であるが、助け合うことの重要さを指導することが大きな教育目標にしている公立の学校であるならば、教師たちも助け合いながらこのような苦労をしていく価値はあり、さらに充実させなければならないのではないだろうか。

自然の素材でオリジナル作品作り
 食事の後片付けがおわったら、大自然の中での工作が始まる。素材は昨日の間伐作業で得た木材や、回りにある樹木の枝や葉、その昔、この土地の子どもたちの声が聞こえたであろう廃校の校庭で作りはじめる。学校での図工の時間とは違い、時間的にゆとりがあるので、子どもたちはおしゃべりを楽しみながら嬉々として製作活動をしている。
 なかなかの出来ばえである。いつか機会があったら『大平宿での工作展』のような催しができるとよい、という新たな夢が広がる。世界でたった一つのオリジナル木工作品は素晴らしい思い出になるにちがいない。

新しいメニュ-『そば打ち体験』
 今年は昼食に自分たちで打ったそばを食べよう、ということで『そばうち』がメニュ-に入った。講師の仁科さんは、そばうち名人として、全国的なそばうち大会にも出場して、優勝したという経歴の持ち主である。
 2人一組で、500gの材料でうったのであるが、量が思いの外あって食べきれないで残してしまう児童が多く、このおそばが夕食や次の日の朝食に飛び入りのメニュ-となったのは、良い教訓になった。
 水道屋という家は狭いのだが、崖に建っているので地下というか一段下がったところに、この集落としては一番大きなお風呂がある。前が崖になっているため開けっ放しにしても回りから見えることがないので女の子用のお風呂にする。女の子のお風呂当番に薪で沸かすお風呂の仕組みを説明して、水をはって火をつけるまで指導し、薪のくべ方などは子ども達にまかせる。
 5人の風呂当番の女の子達は、湧いて入れるようになったら、順序よく次々に呼びにいってはお風呂の入り方を教えているらしく、嬉々として自分達の仕事をこなしている。
 男の子達は、二軒のお風呂に分かれて入っているが、最初は湧いたと思って飛び込んだら下が水で、温い温いと言っていたが、お湯が出てくる都会の生活しか経験しない子ども達にとっては、これも大きな収穫になるに違いない。

生きるための食事作り
 二日目も夕暮れが迫って来る。またもや食事作りが始まる。今日のメニュ-は、チャ-ハン風ご飯、トン汁である。それに残りのそばを焼きそば風に作ったり、ほうれん草とソティ風に作る即席のオリジナルメニュ-が加わる。
 風もない穏やかな夕暮れ、夕日に照らされたすじ雲が、まさに艶やかな絹糸のような光沢を広げている。先人がこの雲を絹雲とうたった意味がわかるような感じがする。昨日のさえ渡るような月の光が、何かぼんやりと感じられるのは、この雲が出ると明日か明後日には天候が崩れるという言い伝えに説得力を感じる。
 今日の星の観察はまずないだろう、と思っていたが、食事が終わる頃には、雲はすっかり消えて、星が瞬いている。どこまでこの学年の子ども達は天候に恵まれている。
 月明かりが邪魔で、今日も早めに切り上げてナイトオォ-クや廃校探検などのレクリエ-ションを楽しみ、で無事帰り着くとちょうど寝る時間、教師達はこれからが大変なのだが、子ども達にとっては、今夜も寝袋の中で安らかな夢がまっているに違いない。

もう帰る日
 今日も快晴。子どもたちは朝から楽しそうに活動を開始している。川で顔を洗う子、散歩を楽しむ子など、一見バラバラに見えるが、班の仲間と助け合って行動を見守るかのように青空に映える紅葉が一段と鮮やかである。朝食はご飯と味噌汁のメニュ-、係が毎回変わるので、炊事係としては始めての子どもなのだが、どこかで見ているのだろう、要領が飲み込めているらしく手際よい。
 どこに行っても同じだが、宿泊行事では帰りの支度の指導が何より大変である。荷物の整理から清掃だけでも一苦労であるが、この自然体験学習では、家の掃除はもちろん炊事道具の始末から食器の片付けまで全て自分達でやらなくてはならない。

リンゴ狩りと五平もち作り
 最後の体験学習の場である『リンゴ園』に到着した子どもたちは、早速リンゴ狩りにうつる。今年は食べられるだけは、もぎ取り自由、それ以外にお土産として、自分でもいだリンゴを三個をビニ-ル袋に入れられるとあって子ども達も先生達も張り切っている。
 樹から直接もぎとったリンゴの味は格別である。そのまま丸かじり、甘さが口一杯に広がってくる。瞬く間に一つ食べ終わり、今度は違う種類のリンゴ(黄林)をもぎ取りまたもや丸かじり、これも甘く実にコクがある。
 私はこれだけでお腹が一杯になって、五平餅作りは見学だけにしたが、子ども達は食欲旺盛で、自分で作って焼き上げた3串の五平餅を特性の味噌をつけて美味しそうに食べている。誰一人として具合悪いとか、つまらないと言いださないのだから、余程充実した3日間だった事が想像できる。
 このリンゴ園からは、南アルプスの聖岳や赤石岳などの3000m級の全ての山々が見渡せるというが、一年農地でもそれほど多くないはずである。今日はその数少ない絶好日、子ども達が食べていま間、しばし風景を楽しむ。
 眼下に広がる飯田の市街、後ろを屏風のように南アルプスの連峰が取り囲むが、あまりにも高いため、中空に浮く蜃気楼のように見える。このスケ-ルは私にとって何よりのご馳走である。
 今年も素晴らしい成果を残して、一路東京へ。帰りのバスは満足した子どもたちの寝息で静かなことこの上ない・・・。

 飯田自然体験学習のレポ-トは、翌年も行なっているが、トムソ-ヤ・スク-ル企画で紹介されているので、これで終わることにし、次の話題に移りたい。



■バックナンバー
私の実践している自然体験活動 第1回
私の実践している自然体験活動 第2回
私の実践している自然体験活動 第3回
私の実践している自然体験活動 第4回
私の実践している自然体験活動 第5回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第1回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第2回
私の実践している自然体験活動 第6回
私の実践している自然体験活動 最終回
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(1)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(2)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(3)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(終)

■著者紹介

杉原 五雄
1943年京都生まれ。富士電機通信製造(株)を経て、横浜国立大学教育学部卒業。
1968年東京都の小学校教員となり、現在、渋谷区立中幡小学校校長。
著書に「畑と英語とコンピュータ」などがある。
http://village.infoweb.ne.jp/~sugihara/main.htm