~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~第1回 著者 杉原 五雄


来年やってみよう!
 昨年、7年ぶりに教頭の異動があり中村教頭と、同時に私が園長職を受けて以来はじめての教員の異動もあり、坂本教諭が赴任した。
 このメンバ-で、新しい幼稚園の創造に努力したいという全く新しい気持ちで一致し、その中で共通した理解が『幼稚園でも自然体験』という企画である。従来考えられていた単なる宿泊保育ではなく、冒険心を喚起する自然体験を主体にしたものにしたいということで意見が一致した。

 今回の宿泊を伴う自然体験活動に対するきっかけは、私が以前から胸に秘めていた『幼稚園で羊を飼育しよう』という呼びかけから始まった。
 『都会の幼稚園で羊を飼育する』という計画は、経過を述べると長くなるので割愛するが、簡単に言うと、信州新町の羊の牧場から小羊を借りてきて、年長クラスの園児が世話をして、卒園の時返しに行って新しい小羊を借りてくるというものである。

幼稚園としては欲張った計画
 この構想を話したら、中村教頭が真っ先に『やりたいですね』と乗ってきた。そこで実際に羊を見たいということになり、昨年の夏休み、ある意味職員旅行のような形で信州新町の羊の牧場に中村教頭と吉田教諭、そして新たに赴任した坂本教諭を案内したことから俄然実現の見込みが生れた。
 車の中で、さらに松本の飲み屋で、夕食を一緒に食べながら飲みながらの会食で、羊の飼育はもちろん、幼稚園でも宿泊体験をしてみたい、という考えで一致した。
 そして、同じ宿泊体験をするならば、小学校で行なっている『飯田自然体験学習』のような実際に自然の中で宿泊し、いろいろな体験ができる計画を進めたい、という幼稚園としては欲張った計画で場所探しが始まった。

トム・ソ-ヤースク-ル最優秀賞受賞が刺激
 特に、その年の『飯田自然体験学習』が、トム・ソ-ヤスク-ル企画でグランプリをいただいてからは、幼稚園でも自然体験が主なメニュ-になる宿泊保育をやってみようという機運が高まり、来年度の教育課程の目玉とすることになった。
 しばらくして中村教頭から「奥多摩に『都民体験の森』という場所があって、いろいろな体験をさせていただけるようです。そこには園児たちも受け入れています。早速問い合わせたら、7月25日ならば空いるとのことです。」という報告があった。

 すぐ予約し実踏をするように指示したが、冬場は雪があって5月の連休明けにならないと実踏はできない、とのことなので予約だけすることにした。
 指導室も体験の重要さを十分理解してくれたので、教育課程に正式に位置づけることができ今年度を迎えた。
 今年4月、吉田教諭が転任して、白鳥教諭が赴任した。最初の面談の時に、羊の飼育と宿泊行事のことを話したところ、「私は羊が大好きです。可能ならばぜひ飼育してみたいと思います。そして自然体験も大賛成です。前からぜひやってみたかったのですが機会がなかったので楽しみです。」との、力強い返事があった。
 これで決まりである。

羊がやってきた
 幼稚園で羊を飼育できないかを確かめるために、一度短期間挑戦してみようということになり、中村教頭と坂本・白鳥両教諭の3人が信州新町の羊の牧場に出かけ、一頭の小羊を連れてきたが、大変な騒ぎとなった。
 この大変愉快な羊とのかかわりの顛末は、紙面の関係と今回の宿泊体験とは直接つながらないので詳しく述べることは省略するが、結果として、小羊を一頭だけ飼育することは無理であるため、2日後には牧場に返しにでかける羽目となった。
 この経験が、幼稚園の教職員の絆をいっそう強くし、奥多摩での宿泊体験の推進に役立ったことは申すまでもない。

準備完了
 連休明けに、3人は実踏にでかけ、素晴らしい自然体験活動ができる場であることを確信し、準備に入った。
 今回の対象園児は年長組の19名とし、担任の坂本は奥多摩の『御前山の神様』から招待状がきたというシナリオを作り、園児たちの夢を広げていく。また保護者に対しては、学級通信で子どもたちが今回の宿泊体験に対して、いかに興味を持っているか、そして日々やる気が高まっていることを細かに伝えて雰囲気を盛り上げていく。
 一部心配だった保護者も、この坂本教諭はじめ幼稚園全体が強力に取り組んでいる姿勢が安心感になってきたのだろう、全員参加が実現できた。

出発進行
 7月25日午前8時45分、予定よりかなり早く保護者に伴われた園児たちは全員元気な顔をそろえる。どの園児も少しの不安は隠さないものの、それ以上の期待感を体中で現している。
 ところがその日の朝、中央線が人身事故でダイヤが大幅に遅れている。乗車予定の快速は運行しないとのことで、急遽行き先変更のあった豊田行きの電車に乗車した。最初のこの臨機応変の処置が良かったので、立川で青梅線の青梅行きの電車にうまく接続し、さらに青梅で奥多摩行きの電車にも、ほとんど待つこともなく乗車できたばかりか、座席も確保できた。これは本園の教職員のチ-ムワ-クのお蔭だろう。

 園児たちは、青梅を過ぎると車窓から見える雄大な景色に、乗り換えの緊張もすっかりなくなって、心はすでに奥多摩の生活を思い浮かべている。「うあ-。すごいきれい。きっとあの山が御前山だと思う。」など目が輝いている。
 今年の年長組の園児たちは、5年間の園長経験のなかでも最もまとまっているクラスであり、お行儀が大変良い。遊ぶ時は体中で楽しむが、人の話を聞かなければいけない時はすぐ静かになる、本当に素晴らしい子どもたちである。

『いい子ねえ-』というあいさつから始める
 私はこの子たちと接する時には、必ず『いい子ねえ-』というあいさつから始まるのであるが、心からでるこの言葉に真剣に応えようとする19名の園児は、電車のなかでも行儀がよく、周りの人からほめられている。
 これは、子どもたちの資質もあるだろうが、担任の坂本教諭の指導によるところが大きいのだろう。私自身今回の宿泊体験に何も心配がないのも、この子たちの日頃の態度を見ているからである。

 今回引率者の一人にお願いした看護士の岡林さんも「本当にお行儀が良い子どもたちですね。小学生の団体よりずっと立派ですね。」と心から感心している。
 園児の夢を乗せた電車は、人身事故というハプニングがあって、3回もの乗り換えをしなければならなくなったにもかかわらず、奥多摩駅には予定していた時刻とぴったり同じ11時8分に到着できた。
 駅前には、体験の森の宿舎の『栃寄りの家』のマイクロバスが、子どもたちの到着を待ち構え、運転手のかたの温かい笑顔に迎えられる。

いよいよ始まる自然の中での生活
 マイクロバスに乗り込んだ子どもたちは、いよいよ自然の中での生活が始まるという緊張感はあるものの、それ以上の期待感ではやくも興奮気味である。職員もはじめての経験する宿泊体験に対して、『今日は一緒に泊まるんだ。』という思いは子どもたちと同じで、まさに子どもたちと職員との思いが一つになっている。
 車中は「山の神様が待っているかな」「御前山はどこだ」「いっぱい木があって緑がきれい」などと大はしゃぎである。約15分で今日の宿舎『栃寄りの家』に到着、ログハウス風のしゃれた感じの建物に対して、子どもたちの第一声は「わっ。きれい!!」である。
 食堂でお弁当を食べ、いよいよ体験活動の始まりである。自分たちの部屋で着替えて、軍手とカッパを身につけて準備完了。インストラクタ-の森さんと山田さんの指示に従って準備体操を終えて歩きはじめる。

 かなりの上り坂であるが、子どもたちは元気いっぱい。このあたりに毎日園庭で鍛えている成果がでている。先頭のインストラクタ-の山田さんは、トチノキ、サワグルミの実、スギの実、キハダ、ワサビなど休憩を兼ねながら足を止めて説明をしてくれる。

いい雰囲気が漂ってくる
 説明が始まると全員の子どもが、山田さんの顔をみる。山田さんもできるだけ易しく説明しているのだろうが、それでも理解するのはとても難しいことも、しきりに頷いて聞いている。本当にわかっているのか心配になってしまうほど、行儀がよい子どもたちであるが実に良い雰囲気が漂っている。

 園児の一人が、木にキノコのようなアブク状のものを見つけて「あれはなあに」と聞いたら、山田さんは「みんなも何かに頭を何かにぶつかると、たんこぶができるよね。そして、痛いところを治すでしょう。木も痛いところがあると、自分で治していくんだ。木のたんこぶなのだよ。」と教えてくれた。
 これは素晴らしい、早速私もどこかで使わしていただこう。

山の神を探しはじめた
 しばらくすると、道幅が狭い山道になる。山側と谷側という言葉の意味や、どの部分を歩くのかを指導を受けて、かなり難しい滑りそうな所も、大人の支援なしに、一人でチャレンジしている。全員元気に目的の広場に到着できた。
 ほとんどの園児たちは、この広場に山の神が迎えにきてくれると思っていたようで、本気で山の神を探しはじめたのには驚いたが、この純真な気持ちは大切にしたい。山の神がいないと諦めがつくと、ややがっかりしながらも、次の体験である木の伐採にむかう。
 本当は鋸でヒノキを伐る予定であったが、今にも泣き出しそうな黒い雲に覆われた空なので、急遽、木と綱引きにプログラムを変更する。

『木って、本当に強い』
 木を大きく育てるためには、木を伐らなくてはならないことを説明して、必要のない木もあることを納得させて、その必要のない木に山田さんが太いロ-プを結わえ付けて、木との綱引きが始まった。
 初めはグル-プごとに挑戦したが、木はびくともしない。誰ともなく、全員でやろうと言い出して19人全員で引いても、木はほんの少し揺れる程度である。大人も一緒に引っ張っても歯が立たない。子どもたちはきっと『木って、本当に強い』と実感したのではないだろうか。

 雨が降りはじめたので、木との綱引きは終わりにして、森さんがチェンソ-の木を伐る様子を見守ることにした。子どもたちは、自分たちの力でびくともしなかったヒノキが、あっという間に倒れていく様子に、また驚いている。
 恐らく、これからも実際にチェンソ-で木を伐る瞬間など、見る機会は少ないだろう。できればこの経験が、この子たちの人生のどこかで生かされることがあることを願っている。また、この子たちにとってこのことが、いつか木の育ち方や森林の大切さを実感するだろうと信じるにたる有意義な体験である。

はじめてのお泊まり体験
 少し雨に打たれながらも元気に宿舎に戻り、着替えたあとはお風呂タイムである。核家族が多い園児たちにとって、大勢で、しかも先生やボランティアのお姉さんたちと一緒にお風呂に入ることははじめての経験ではないだろうか。
 大きな湯船でさっぱりとした後は、楽しみにしていた夕食である。保育園の子どもたちもよく利用しているこの宿舎は、手作りで子どもたちが喜ぶような食事を作っている。今日の献立は、ハンバ-グ、チキンナゲット、スパゲッティ、サラダ、あんかけ豆腐、タクワン、ご飯、味噌汁で、子どもたちは予想以上の食欲である。

 食事のあとは花火を予定していたのだが、残念ながら外は雨。ロビ-でグル-プ対抗のしり取り遊びをしていると、突然電気が消えた。蓑笠をつけ長い杖を持った男の人が『山の神様からの手紙を預かってきました。』と言って、手紙を読んでくれた。

神の使いだと信じきった
 内容は『そら組さん、御前山によくきたね。いっぱい歩いているのを見たよ。さて知恵比べをしょう。宝物をかくしたよ。地図を見て探してごらん。勇気と元気がでる神からの贈り物だよ。 御前山の山の神』というものである。
 この蓑をきた男性は、教頭の依頼を快く引き受け、しかも神様の使いであるような姿に変装した演技抜群の『体験の森』のスタッフの一人である。これには私たち教職員も大感激である。
 一瞬何事かと驚いた子どもたちは唖然として、一人も声を出せない。本当に驚きしかも本物の神の使いだと信じきったのだろう。手紙と一緒に渡された4枚の地図を、グル-プに一枚ずつ渡したところ、宝物のありかに違いない、ということになって、場所はどこか真剣なしかも夢中になって話し合っている。
 どうやら地図が、2階の自分たちの部屋らしいことが分かると、グル-プごとに恐怖心と戦いながら真っ暗な2階の部屋に宝探しにでかける。最初のグル-プの4人が『見つけたぁ』と興奮して戻ってくると、思わず起こる大拍手に、大人たちは何となくうるうる気分になっているようだ。

山の神の『勇気と元気の出る宝物』
 次々と発見していくグル-プと歓声と拍手の嵐が続く。後で、2階で子どもたちの様子を見ていた中村教頭からの話であるが、一人の女の子が宝物が入っていた、開いていた扉に頭をぶつけて泣き出したのを見て、同じグル-プの仲間は「痛い思いをしたのだから、発見した宝物を持たしてあげよう」と、話し合いで決めたという子どもたちの様子に、思わず目頭が熱くなるほど感動してしまった。
 山の神の『勇気と元気の出る宝物』を手にして、すっかり満足しきった子どもたちは、布団はいるやいなや夢の世界に入っている。心配していたホ-ムシックや発熱などは、全くの杞憂であった。(つづく)



■バックナンバー
私の実践している自然体験活動 第1回
私の実践している自然体験活動 第2回
私の実践している自然体験活動 第3回
私の実践している自然体験活動 第4回
私の実践している自然体験活動 第5回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第1回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第2回
私の実践している自然体験活動 第6回
私の実践している自然体験活動 最終回
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(1)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(2)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(3)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(終)

■著者紹介

杉原 五雄
1943年京都生まれ。富士電機通信製造(株)を経て、横浜国立大学教育学部卒業。
1968年東京都の小学校教員となり、現在、渋谷区立中幡小学校校長。
著書に「畑と英語とコンピュータ」などがある。
http://village.infoweb.ne.jp/~sugihara/main.htm