第3回 著者 杉原 五雄


「故郷の森創り構想」

飯田との出会い
 6年前の秋、それまで全く未知な都市であった飯田を訪れ、いろいろな方と知り合う機会を得た。そこで出会ったのが『大平宿』という廃村である。
 ここは飯田から妻籠に通じる大平街道の山中にある。江戸から明治・大正にかけては木材と生糸の集積場として栄えた集落だったようだが、30数年前、あまりにも厳しい自然条件と集落にあった分校に子どもが全くいなくなった機会に、村人たちが話し合って全員離村を決めたという。

 その集落は、飯田市と『大平を守る会』という組織が中心になって、維持管理を続けてきた結果、かなり痛んではいるが使用可能な民家が十数件残っている。
 私はこの民家群に接して、震え上がるほどの感動を覚え、本当の自然体験の場はここだ、と心に決めたことを昨日のように思い出される。
 『大平宿』に残された民家全てに、囲炉裏がある。すきま風が出入り自由で決して住み心地は良いと言えないが、だからこそ、このような場所で都会の子どもたちに本当の自然体験を味わさせることができる。

入学式でドングリの苗のプレゼント
 翌年、本校に転勤という思いがけない事態になったが、そこは都庁が一望できる都会の真ん中にありながら広い畑がある。前2回で紹介したように、その畑を『命の教育の場』と位置づけて、いろいろな野菜を作ることをはじめ自然体験学習を実践している。

 まず教師と子どもたちに、命の芽生えを実感させなければならない。発芽の土壌としてピ-トモスを使い、遠足で拾ってきたドングリを発芽させる実験をはじめた。
 2週間ほどたった頃に、柔らかな芽が一本立ち上がってきた。このやさしいドングリの芽は、私に素晴らしいアイデアを提供してくれた。それは、この苗を入学式で子どもにプレゼントする、というものである。
 恐らく小学校に入学したお祝いに、たくさんのお祝いを貰っているだろうことは想像に難くないが、都会の子どもたちにとって苗木のプレゼントは、きっとびっくりするにちがいない。

『故郷の森』構想
 植木鉢に植えられた数十センチのドングリの苗木を、自宅の庭やベランダ、あるいは路地先において毎日水やりなどして育てる。もし置き場のない子どもたちがいたとしたら、学校に置いて育てるのもよいだろう。
 5年間育てると、植木鉢の大きさにもよるが、かなり大きくなるはずである。6年生になったら、その苗木をもって提携している地方の自治体に行き植樹する。我ながら素晴らしい考え方である。ここに『故郷の森』構想が生まれたのである。

飯田からの素晴らしいプレゼント
 4年前(2000年)の初夏のことである。私が校長室で育てているドングリの苗を、飯田市に『故郷の森構想』を提案したところ、数週間後『校長先生の夢。飯田が買います。ドングリの苗をうえる場所も確保します。』という、信じられないような連絡を受け取った。

夢の実現へ向けて
 早速6年担任と相談し校内の体制を整えたが、年度途中に当初計画さえない宿泊行事を組み込むなどというのは、現在の教育現場では考えられない。教育長に連絡したところ『面白い、区としてもこんな学校の出現を待っていた。』という、実に前向きな返事がかえってきた。この時の嬉しさは言葉では表現できない。これは何としても実現させたい。

 それからが大変である。様々な折衝、書類の整備など紆余曲折はあったが、その年飯田市が文部省の事業の一貫として、本校を招待するという形で飯田市から渋谷区の教育長あてに招待状を出していただき実現することができた。
 飯田市と渋谷区が、もともと防災協定の話を進めていたことも、私の構想の実現にとってプラスになったことは間違いない。
 この体験活動の内容は、次回紹介する。



■バックナンバー
私の実践している自然体験活動 第1回
私の実践している自然体験活動 第2回
私の実践している自然体験活動 第3回
私の実践している自然体験活動 第4回
私の実践している自然体験活動 第5回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第1回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第2回
私の実践している自然体験活動 第6回
私の実践している自然体験活動 最終回
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(1)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(2)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(3)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(終)

■著者紹介

杉原 五雄
1943年京都生まれ。富士電機通信製造(株)を経て、横浜国立大学教育学部卒業。
1968年東京都の小学校教員となり、現在、渋谷区立中幡小学校校長。
著書に「畑と英語とコンピュータ」などがある。
http://village.infoweb.ne.jp/~sugihara/main.htm