第1回 著者 杉原 五雄


☆ 最初の農業指導(サトイモ編)

子どもたちが意志と熱意で解決できる場をつくること
 4年前、思いがけない転勤命令がおりて、池上本門寺の広大な山懐に抱かれ、都会の中にあっては驚くほど季節感豊かな池上小学校から、全くといってよいほど自然がない渋谷区立中幡小学校に赴任した。
 私は常々、現在の学校教育において何よりも大切なことは、子どもたち自らが自分の手で実際に体験し、その体験を通して様々な課題を見つけ、それを自らの意志と熱意で解決していける場を設定することだと考えている。また、日本人にとって、なによりも大切な感性は季節感であり、子どもたちに教えていかなければならないと考えている。そのためには自然と親しむことができる環境を作ることだと確信している。

野菜づくりを通して、自然と季節感を味あわせる
 赴任した日、あまりにも自然環境が劣悪なことに、どのような方法で子どもたちに自然の大切さ、良さを教えるか絶望的な気持ちになったが、校庭の西側に荒れてはいたが、都会の学校では信じられないほど広い畑があるではないか。数年前プ-ルを地下にして重層の体育館を建てたのでその分を土で残してくれたという。
 これは幸運である。瞬間的に私は、この畑で野菜作りの体験を通して、自然に親しむこと、季節感を味わうことができる子どもの育成を決心した。

命の教育の場にしよう
 早速次の日、長靴に履き替えて畑に入ってみたが、雑草がはびこっている。土壌も酸性で痩せているので、まず土作りから始めなければならないが、この広い畑は、当時多くの学校がどのように指導を進めるか悩んでいた『総合的な学習』の場として最適である。
 教職員に『この畑は「命の教育」の場として相応しい。私が先頭になって指導するから一緒に野菜作りを通して、子どもたちに自然の素晴らしさを教えよう。』と呼びかけ、土作りや種まきなど、野菜作りの指導を始めた。

サトイモが最適
 一方、教育委員会には何度もお願いし、校庭との間をネットで仕切ること、水道施設を引っ張ってくることを交渉し、その年の夏休みまでに完成させた。これで体育活動のボ-ルなどの進入を防ぎ、冠水が容易になって野菜づくりがしやすい環境ができた。
 鍬を持って土地を耕し大量の腐葉土と鶏糞、そして苦土石灰を敷き込む。野菜作りに興味を持たせるには、何より驚くほどの収穫を味わわせることである。そのためにサトイモが最適である。

子どもたちが芽を発見したら半部以上は成功
 まず、5年生の子どもたちにサトイモの植えつけ方を指導する。担任教師にとっても初めての経験だったようで、私の教え通り忠実に植えていく。私のサトイモ作りは、畝は全く作らないのが特徴である。水糸に沿って真っ直ぐ一列に60cm程度の間隔で穴を堀り、少しの化成肥料を入れて土を戻したところに、サトイモ上下を間違わすに植える。
 植え終わったら、まっ平らにしておく。しばらくして雨が降るとイモを植えた部分は少しへこむ状態になるので、植えた場所はわかるのだが、大勢の子どもが入る畑なので、テ-プを張って踏まないように注意を与える。
 サトイモの芽生えは遅い。一月もするとサトイモを植え込んだ畑は、一面雑草に占領されるが、その中で気の早いサトイモは、遠慮がちに小さな芽を出しはじめる。子どもたちがこの芽を発見したら、サトイモ作りは半分以上成功したと言っても差し支えない。

抜いた草にも命があることを学ぶ
 芽を観察させて、この芽と違う草は栽培には必要ないこと教え、注意深く除草することを教える。『草抜き』という作業は全員初めてであるが、土には不思議な力があり、間違いなく子どもたちは熱心に、ていねいにこの作業を進める。抜いた草にも命があること、そしてごみ箱などには決して捨てず、畑に埋め戻すことによって、命が肥料になって野菜の成長に役立つことを、その場で指導することも忘れてはならない。

露を集めて、毛筆の練習をさせる
 すっかり雑草を取り除くと、ほんの小さな芽をも見えるようになり、子どもたちはこの芽に労りの心を配るようになる。芽がでそろったこの頃に、ていねいに土を寄せてやると、畝ができる。七夕の頃には、はっきりとサトイモとわかる葉が広がり、葉の上には丸い露がたまるようになる。
 『昔から、その露を集めて墨を摺って、七夕の短冊に願い事を毛筆で書くと、かなえられると言い伝えられている』と言って、露を集める。この日毛筆の練習をさせると、いつもより間違いなくていねいな字を書く。

野菜作りは中幡小学校の代名詞になった
 私の最初の農業指導は、このようなものだった。有能な教師も多く、初めての経験ながら大変興味を持ち熱心である。その姿勢が子どもに伝わり、野菜に対しての愛情がわいてくる。夏休みに草抜きという重労働があるが、抜いた草を株の根元に敷きつめ、もう一度大きく土寄せをする。最初は土地がやせて養分がなかったので、少量の化成肥料を追肥した。後はお天気任せ、二学期になっても葉はどんどん茂り、11月の中旬までそのままにしておく。いよいよサトイモ堀りであるが、この年は、およそ200kgほどとれたので、子どもは大喜び。教師もびっくり、親も感激で学校中大いに盛り上がった。
 今日、『畑での野菜作り』は定着し、本校の代名詞の一つになっている。



■バックナンバー
私の実践している自然体験活動 第1回
私の実践している自然体験活動 第2回
私の実践している自然体験活動 第3回
私の実践している自然体験活動 第4回
私の実践している自然体験活動 第5回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第1回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第2回
私の実践している自然体験活動 第6回
私の実践している自然体験活動 最終回
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(1)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(2)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(3)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(終)

■著者紹介

杉原 五雄
1943年京都生まれ。富士電機通信製造(株)を経て、横浜国立大学教育学部卒業。
1968年東京都の小学校教員となり、現在、渋谷区立中幡小学校校長。
著書に「畑と英語とコンピュータ」などがある。
http://village.infoweb.ne.jp/~sugihara/main.htm