第4回 著者 杉原 五雄


出発進行
 2000年10月26日(木)朝7時30分、待ちに待った日の朝は快晴。校庭に集合した6年生児童45名の顔は未知な体験に対して少しの不安と大きな期待に輝いている。
 大勢の保護者に見送られて学校出発。飯田市からの迎えの中型バスは、渋滞もなく極めて順調に中央自動車道路を疾走、飯田インタ-には予定通り11時30分到着する。

真赤なりんごを見て大喚声
 子どもたちは、飯田インタ-の側道の窓から身を乗りだしたら届きそうなたわわに実った真っ赤なリンゴを見て、大きな喚声をあげる。大人でも、大きな真っ赤なリンゴがこれほど大量に近くに見えると思わず『美味しそう』と口からでるのだから、初めてリンゴの樹を見る子どもたちが大騒ぎをする気持ちはよく分かる。

夢にまで見た大平宿
 昼食後、私が夢にまで見た自然体験の最高の場である『大平宿』へ向かう。市街から少し入る当たりから、道幅は狭くなってくる。日光のいろは坂以上の急カ-ブの連続と、乗用車でもすれ違いが難しいような狭い道路、そして山道の工事の連続で乗っている我々は思わず喚声と悲鳴が。途中は工事区間が多く、何回もすれ違いのために相手の車をバックさせたり、あるいはバスがバックしたりと大変である。その度に必ずどちらともなく会釈したり、短いクラクションで互いの連携を取っている。

 『飯田の人は、みんな優しくていい人ばかりだと感じた。すれ違う度に、東京ならばどけどけ、といったクラクションなのに、クラクションを鳴らしても、優しくそっとした音色ばかりだ。』という子どもたちの感想に、私も感じていた事を、子どもたちも気がついてくれている事にうれしくなる。

大平での生活
 やっと『大平宿』に到着、いよいよ体験生活が始まる。男の子が挑戦するのは薪割りである。鉈を使う事など実生活では全くない。先生たちも経験した人が少ないこの薪割りの作業は、子どもたちにとっては新鮮な経験なのだろう、実に生き生きと挑戦している。
 私も早速子どもたちの宿舎になっている『からまつ屋』という、民家の囲炉裏に火を入れる。何度も経験があるので、本の少しの新聞紙で鮮やかに薪に火がつき、あたたかそうな炎が揺れ始めた。周りの子どもたちからも『校長先生さすが』と称賛の声がかかり、年甲斐もなくうれしくなってしまう。

薪で風呂を沸かす
 後で担任たちから、『校長先生が体験してどうするのですか。子どもにやらさなければいけません。』ときついお叱りに、もっともな事と納得しごめんなさいの連続と、若干の寂しさを味わい、以後はできるだけ口も身体も出さないように心がける。
 子どもたちの宿舎の囲炉裏から追い出された私は、風呂を沸かす事にした。本部としている『水道屋』と呼ばれている民家は斜面に建てられており、その建物の地下部分と表現したら良いのかもしれないが、かなり大きな風呂がある。薪で風呂を沸かすのは、何年ぶりになるだろう。小学生の頃は毎日私の仕事としてやった事があるので、ほぼ50年近く前にも逆上る事になる。
 今では考えられない事であるが、レンガパッチンと呼んでいた罠で雀を捕まえて、風呂を湧かすついでに食べていた記憶がよみがえってくる。

お釜でご飯を炊く姿が楽しそう
 沸かす事およそ2時間、なかなか良い風呂加減になってきたので、毒味ならぬ毒湯と称して一番に飛び込む。薪で沸かした湯独特の柔らかい湯の感触がたまらない。
 薪の風呂は一度火が安定すると、あとは大きな薪を入れておけば、かなり時間的には余裕ができる。勝手に手だしをしてはいけない、と自分に言い聞かせながら、子どもたちの様子を見て回るが、初めての経験なのに、竈でお釜でご飯をたく姿が、実に楽しそうで生き生きと輝いている。

 カレ-と野菜サラダの夕食を終わるころ、外は真っ暗になっていた。外灯一つないので漆黒の闇である。民家の修理の工事人が去ってしまうと、ここ大平宿は私たち以外の人間は一人もいない。お互いに了承さえできていれば、どんなに騒ごうと大声を出そうと迷惑がかからないという解放感がたまらない。

漆黒の闇と星の観察
 見上げると、我々を歓迎するかのように満点の星空、若いころは星の指導に情熱を燃やして、学校で星を観察するために、宿泊なども何度も経験している私にとって血が騒ぐ。
 星の観察については、誰にも遠慮がいらないので、早速、第一回目の星の観察を始める。
 広場に集めて、まず『寝ころがってごらん』と指示する。当然都会で生活している子どもたちは、そんな事をした事がないのだから驚く。数人の子どもが寝ころがって星空を見上げたが、口々にきれいとか、流れ星など喚声が起こる。それに連れられて次々に、寝ころがり夜空を見上げる。

 私の懐中電灯の光が、白鳥座のデネブ・琴座のベガ・鷲座のアルタイル、この夏の大三角から北極星の見つけ方、Wの形になっているカシオペア座と北極星の関係、そしてカシオペア座から、白鳥座を通り夏の大三角の間を流れている、ぼんやりとした白い光の流れが『天の川』と次々に指すと、あれほど騒がしかった子どもたちも、静まりかえって星の世界に入って楽しんでいるようである。
はじめての天の川で感動
 私自身、これほどまでの星空を見るのは、久しぶりであるので、初めて『天の川』を見る子どもたちにとっては、物凄い感動だったのではないだろうか
。  気温はぐんぐん下り、部屋の中でも囲炉裏の火が落ちると、寒さがこたえてくる。もっとも都会の家のように密閉されていない上に、すき間だらけの家
は、外と変わらないと言っても過言ない。引率の教師たちは、囲炉裏の火を消さないように、交代で寝ずの番である。  もっとも寝袋にもぐり込んでも、囲炉裏の周りが広い板床であるため、下からの寒さで起きてしまい、薪をくべて火を保つ事が必要になってしまう。
 子どもたちは安心しきって、夢の世界を楽しんでいるようだ。

すがすがしい朝の目覚め
 二日目の朝が始まる。寝ずの番をした教師たちの顔は、さすがに疲労の色が見えるが、すがすがしい朝の光が差し込む炊事場の子どもたちの活気に励まされて、普段の授業以上に気合が入っている。教師という職業は、何よりも子どもの明るい笑顔と、活気が活動源になっている事を、改めて認識する一時である。

 竈の使い方も慣れてきたのだろう、昨夜よりはるかに上手になっている。献立通りのパンを中心にした朝食と、昼食用のおにぎりを作って、出発の準備に取りかかる。
 おそらく初めて経験する、汲み取り式の便所に慣れない事もあって、何人かが便秘になったと言っているが、それほどの深刻さがない。子どもたちの適応力は素晴らしさを改めて感じる。

『ドングリの森』の植樹へ
 9時少し過ぎにバスに乗り込み、今回の自然体験学習の、大きなメインとなっている『ドングリの森』の植樹に出かける。昨日登ってきた山道を、今度は下る事になるが、すれ違いには時間がかかる。

 天竜川に沿って開かれている飯田市を横断して、柿の沢地区という集落に向かうのであるが、この柿の沢地区は天竜川を境にして、大平宿とは正反対に位置しているので、およそ2時間ほどが、バスの中になる。教師も子どもたちも、かなりぐっすり眠れたらしく、長時間の移動のわりには、すっきりした顔で下車してきた。

ドングリの森構想の実現へ第一歩
 この壮大なるドングリの森構想実現に、第一歩を踏み出せたのは、私の夢に理解を示していただいた、柿の沢地区の篤農家の宮内さんの協力のお蔭である。
 この構想に興味を持ってくれた毎日新聞やや中日新聞、そして地元の多くの新聞社の記者とカメラマンが待ち受ける中、植樹が始まった。代表児童が校長室で発芽した苗を植えた瞬間、フラッシュがたかれるなど雰囲気が盛り上がる。
 移動に時間がかかったので、慌ただしい植樹活動であったが、子どもたちと教師は、あらかじめ用意されていたそれぞれ自分の苗を、雑木林の中に植えることができた。何年か後に訪れた時、びっくりするほど大きくなっている事だろう。
 『来年家族で来たい』とか、『大きくなったら、絶対来る』といった声が子どもたちの口からでる。長年の夢の実現に、一歩を踏み出せたことの満足が、私を包む至福の時であった。

自然の風の中で
 植樹をすませて、来年度のためにドングリを集めたあと、この朝、自分たちが竈で飯を炊き、皆で握ったおにぎりを出して食べる。周りには刈り取られた稲が干されている。
 キノコ狩りにでかける途中に、『メダカの学校』という池があった。都会では滅多に見られないクロメダカが、無数と言っても大げさにならないほどが、泳ぎ回っている。かなりの自然体験通を辞任している私でも、このクロメダカの群生には圧倒される。その他、この池には、タガメやゲンゴロウなどの水生昆虫は、あらゆるものが生息してるとのことである。

 爽やかな秋の風に打たれて快晴の高原を歩くのは実に気分がよい。バッタを追いかけたり、ヘビを見つけて尻尾をもって振り回したり、都会では絶対に経験できないことばかり。途中にイノシシの檻などという、滅多にお目にかかれないものまで見て、子どもたちだけではなく教師たちも大歓声の連続である。
 私は『キノコ園』というものだから、囲いがある場所を予想していたが、そこは何もない林の中に、『キノコのホダ』が並べてあるだけ。そのヤマザクラのホダ材から、信じられないほどの数のナメタケが育っている。

 少し上流にはヒラタケが群生している。私はナメタケとりに挑戦したのであるが、これが実に面白い。始めのうちは、ぬめりが少し気になるが、それさえ気にならなくなると後は夢中である。何せ数が半端ではないので、あっと言う間に配られたビニール袋は、一杯になってしまう。満足するだけとった子どもと教師たちは、今夜の料理である『キノコうどん』の材料集めに移る。

美人の湯で子どもたちは、おおはしゃぎ
 ひとしきり楽しんで、入浴のために、飯田市街の『天空の城』という温泉に向かう。ここは私が飯田に来た時には必ず立ち寄る、大のお気に入りの温泉である。5年ほど前に一部市の駐車場になっている場所を、1500mほどボ-リングしたら40数度の温泉が湧き出したとの事であるが、このお湯が実に良い。肌に吸いつくような何とも言えないねっとりとした感触で人気があり、美人の湯としての地位を築あげつつある、というのも納得できる。
 飯田城址の高台に位置しているので、眼下には飯田の市街、少し視線を高くすると、南アルプスの3000mの山々の、雄々しき姿を一望できる露天風呂を、私は『空中露天風呂』と命名している。子どもたちが大喜びしたことは言うまでもない。

今夜の夕食はキノコうどん
 1時間の入浴タイムを楽しんだ後、再び大平宿に向かう。子どもたちは、2度目の山道なので、大体の距離感がつかめたようで、友達同士のお喋りを楽しんだり、車窓からの景色もみるゆとりもでてきた。
 あたりに暮色が迫る午後5時過ぎ、大平宿についた子どもたちは、教師と一緒に『キノコうどん』作りに取りかかる。お釜でお湯を沸かして、持参の乾麺を茹でる。大鍋を囲炉裏にかけて味付けの一方、ダイコンやゴボウなどを料理して具を整える。

 どうしても一緒したいという大和さんという保護者が、神楽坂のうどん懐石の専門店で、調理を担当しているプロの料理人だとのこと。キノコうどんの味付けは、黙っていられなくなり、子どもたちの指導に乗り出す。この味はさすがに美味い。私を含めて全員がお代わりの連続、中には四杯という豪傑もでる盛況に、大和さんもご機嫌である。

漆黒の闇で肝試し
 夕闇の帳が濃くなると、空には昨日以上の星たちの共演が始まる。今日は特に星の観察というメニュ-は、用意しなかったが、子どもたちの間からは、『やろうやろう』という声も聞こえてくる。うれしい事である。しばらくして、子どもたちを、『肝試し』に誘い出す。外は何回も書くが、明かり一つない漆黒の闇であるので、外を歩くだけで十分の肝試しになるのであるが、クラス毎に、希望者を大平宿の中を端まで案内して、帰りは適当に男の子と、女の子の二人組を作り、自分の宿舎に戻るだけの簡単な趣向であるが、これはなかなかの好評であった。
 昨晩に続いて、教師たちは子どもたちの様子と、囲炉裏の火が消えないように、交代で監視役をつとめる。子どもたちは、今夜も安心してぐっすりと夢の世界に入っている。

もう帰る日
 今日も快晴、子どもたちと散歩にでかける。朝の光に輝く紅葉の鮮やかさに、思わず感動の歓声が上る。朝食後は2日間の学習の場の後片づけ、感謝の気持ちを込めて、丁寧に掃除始める。この子どもたちは、この行事を続けていくためにも、この仕事が大事な事がわかっているのだろう、真剣に協力しながら後片付けしている。私は子どもたちの姿に、何としても、この自然体験学習を実行してあげなくては、という気持ちが強まる。

 9時過ぎ、バスに乗り込んで最の体験である『リンゴ狩り』に出かける。天竜川下りで有名な、天竜峡の近くの塩澤さんの経営するリンゴ園まで、やはり昨日と同じほどの距離があり、格好の休息時間になる。
 リンゴがまさに鈴なりの樹木から、直接実をもぐ体験は誰も初めてらしく、真剣に説明を聞いている。食べられたら2コ3コと、もいで良いとの説明を受けると、美味しそうなリンゴをうれしそうにもいで、丸かじりを始める。最高で4コも食べたという強者児童の出現で、大きな喚声が沸き上がりかなり盛り上がる。

 全て予定を無事終わり一路東京に向かう。帰りも渋滞などなく、予定通り午後4時過ぎに学校に到着。第四土曜日で学校が休みにもかかわらず、大勢の教職員と保護者の大きな歓声に出迎えられる。

新しい学習の展開に満足
 この3日間、過去にかなり思い切った事をやってきた私でも、初めて経験することの連続であり、信じられないほど多くのことを得られたことは、やや強引におこなった今回の自然体験学習ではあるが、これが『総合的な学習』の一つのヒントになると同時に、新しい学習の展開に役立つものだ、と心地よい満足感を味わっている。

 子どもたちは今回の体験学習で、多くの事を学んだに違いない。テレビもゲ-ムもない生活は、新鮮で有意義であっただろう。何でも自分の力でやる逞しさや、友達との友情の大切さ、そして大自然に囲まれた、豊かな環境での過ごし方や自然の恵みなど・・・。
 私にとっても最高の3日間であったことは、もちろんである。



■バックナンバー
私の実践している自然体験活動 第1回
私の実践している自然体験活動 第2回
私の実践している自然体験活動 第3回
私の実践している自然体験活動 第4回
私の実践している自然体験活動 第5回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第1回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第2回
私の実践している自然体験活動 第6回
私の実践している自然体験活動 最終回
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(1)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(2)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(3)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(終)

■著者紹介

杉原 五雄
1943年京都生まれ。富士電機通信製造(株)を経て、横浜国立大学教育学部卒業。
1968年東京都の小学校教員となり、現在、渋谷区立中幡小学校校長。
著書に「畑と英語とコンピュータ」などがある。
http://village.infoweb.ne.jp/~sugihara/main.htm