第2回 著者 杉原 五雄


☆ 農業指導その2(ダイコン編)

『学校作りの極意は、野菜作りの経験から得た、心からのあいさつ。』

芽生えは、命のいとおしさを教える絶好の素材
 季節が少し前後するが、ダイコンは子ども達にとって、作りやすい野菜の一つであり、その成長の過程をつぶさに興味深く観察できるので自然体験学習にとって大変有意義なものである。
 私のダイコン作りは、畝を作らない。平らにならした畑に水糸を張って、そこに子どもたちを並ばせて、一列に種を植える方法をとっている。子ども達の仕事であるので、多少のばらつきはあるが、数日後芽生えが始まり、やがて畑に何重もの緑の線が描かれる。
 この芽生えは実に感動的で、子ども達に命のいとおしさを教える絶好の素材である。一列に芽生えた芽に優しく土を寄せていくことを教えると、子ども達は一本の芽をも傷めない気持ちになり実にていねいに土を寄せる作業をする。

『命をいただく』という授業
 一回目の土寄せを終わると、浅いながらも畝ができ畑らしくなる。数日後、本葉が出揃うと、誰の目にも明らかに混みすぎることが分かる。ここで、はじめて間引きという作業が必要なことを教える。経験のある人に説明する必要はないが、この本葉が数枚出た若いダイコンの芽は、そのままで食べても甘味があり美味しい。マヨネ-ズを少しかけたり、チ-ズや生ハムなどにくるむと、実に味のある素晴らしい料理になることを子ども達に教え、実際に食べさせる。
 私は毎年この時期に、必ず『命をいただく』という授業をすることにしている。詳しく授業の内容を説明する紙面はないが、子どもたちに次のように語りかける。

『いただきます』という心は感謝の気持ち
 人は(人に限らず、生きとし生きている全て)、食物をとらなければ生きていけません。これは当たり前で、誰でも理屈としてはわかっていることですが、実際に食物として、他の動植物の命を食べていることに気づく人は多くありません。
 きっと君たちもあらためて言われるまでは、自分達は生きものの命を食べて生きていることに、気づかなかったのではないでしょうか。 人間の食料とてなる、肉にしても魚にしても、あるいは野菜にしても、パンにしても。また、カマボコやハムのような加工した食物にしても、元は全て生きているものです。その大切な『お命』をいただいて、生きながらえているのです。

未来を背負っている君たちに、ぜひ身につけてほしいこと
 案外忘れられていることですが、この『命をいただいている』という気持ちは、今の社会では最も大切な資質であり、基本的に持たなければならない考え方なのです。特に、未来を背負っている君たちには、ぜひ身につけてほしいと思っています。
 3度の食事の度に、私たちが口にしている『いただきます』という言葉は、その大切な『お命』を頂戴している、感謝の気持ちを表している言葉なのです。
 大切な『お命』で作られた食事は、正座をして背筋を曲げたりせず、器を口に近づけていただくのが、私たちのために『お命』を差し出してくれた、動植物に対してのせめての供養なのです。

『ごちそうさま』は、大変重い意味のある言葉
 同時に『ごちそうさま』というのも、お命をありがたくいただき、本当にありがとうございましたという、大変重い意味のある言葉なのです。和食でたくさんの器に、少しずつ料理を乗せて出すのは、その命の重みを感じてもらうために、一つ一つの料理を、器を手に持って口に近づけて食すことによって、自然に背筋が伸びて正しい食事の礼儀作法が身につくように工夫しているのです。――――

『おい大根、元気かい。早く大きくなれよ。』
 間引いたダイコンの葉は、いかに野菜嫌いの子どもであっても確実に食べるから不思議であり、この授業を境にして、お互いの気持ちを察する心が確実に生れてくる。
 野菜の命をいただくこと、そして感謝することが身につくと、不思議に自分で育てる野菜に愛情がわいてくる。
 大根に対して、『おい大根、元気かい』とか、『早く大きくなれよ』などと語りかけると、作り手の気持ちを、野菜達は察してくれる。これは実際に私が経験したことであり、やさしく毎日声をかけたダイコンは、素晴らしい味を私にご馳走してくれる。他の野菜達も作り手の声を聞き、愛情を確かめるのは同じようである。この極意を会得してから、私は、人から『私の野菜作りの秘訣は何ですか』と聞かれたら、『足音を聞かせることです。』と答えることにしている。

子どもたちも、ダイコンに声をかけはじめた
 この話は間違いなく、子どもたちの心に響き、次の日からダイコンに声をかけはじめる。ダイコンはますます元気になり、あっと言う間に、次の間引きが必要になるほど混みはじめる。かなり大きくなったダイコンの葉なので、料理のバラエティは多くなる。
 間引きを繰り返しながら、ていねいに土寄せをし、毎日声かけをすることによって、どんどん大きくなったダイコンは、年末収穫を迎える。だいたい毎年100本ほどの収穫がある。子ども達は家に持ち帰ったり、家庭科の授業の中で、ダイコンを素材にした料理を工夫する。

ダイコン作りは6年生の教材
 本校では、ダイコン作りを6年生の教材として位置づけている。6年生は10月下旬に次回に紹介する、2泊3日の『飯田自然体験学習』を行なうことにしている。だから、この学習で、確実に優しさを身につけた子ども達は、年末、自分達が育てたダイコンを料理することによって、一層連帯感と優しさを身につけてくれる。
 よく6年生の後半は荒れる、などと嘆いている関係者も多いが、本校では決してそのようなことはない。

野菜作りから得た学校作りの極意は、毎日の心からのあいさつ
 子どもたちと野菜を一緒にすることはできないが、現在の混乱した教育の場において、ダイコン作りと、その極意である毎日の声かけというキ-ワ-ドは、何かの参考になるのではないだろうか。私の野菜作りの経験から得た、私なりの学校作りの極意は、まさに毎日の心からのあいさつなのである。



■バックナンバー
私の実践している自然体験活動 第1回
私の実践している自然体験活動 第2回
私の実践している自然体験活動 第3回
私の実践している自然体験活動 第4回
私の実践している自然体験活動 第5回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第1回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第2回
私の実践している自然体験活動 第6回
私の実践している自然体験活動 最終回
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(1)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(2)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(3)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(終)

■著者紹介

杉原 五雄
1943年京都生まれ。富士電機通信製造(株)を経て、横浜国立大学教育学部卒業。
1968年東京都の小学校教員となり、現在、渋谷区立中幡小学校校長。
著書に「畑と英語とコンピュータ」などがある。
http://village.infoweb.ne.jp/~sugihara/main.htm