著者 節田 重節


旅情豊かなハイランドの山歩き
 イギリスの旅の後半は、ハイランド(スコットランドの北部山岳地帯)で小さな山歩きを楽しんだ。
 山岳書の古典として知られる『スウィス日記』の著者、辻村伊助は、同時に『ハイランド』という名著も著わしている。年配の山好きであれば一度は紐解き、「ハイランド」という言葉の響きから想起される荒涼たる北の大地に思いを馳せたことであろう。
 そのハイランドの旅は、怪獣ネッシーで有名なネス湖のほとり、インヴァネス(ネス川の河口の意)から始まる。今回はここから北西に位置する美しい入り江の街、アラプールをベースに歩いたわけだが、スコットランドとしては珍しい快晴の4日間だった。あまりのいい天気に、「これじゃあ、映画の『ロブ・ロイ』や『ブレーブ・ハート』のイメージと違いすぎるね」などと、ないものねだりをするほどの好天気だった。

 最初に登ったのは、スコットランドで最もポピュラーな山のひとつ、スタック・ポリー(Stac Pollaidh 1,800ft)。スコットランドの地名はほとんどゲール語で、発音がなかなか難しいので英語読みで表記する。
 湖のほとりの駐車場から登り始めるが、まるで王冠を頂いたように岩峰群が林立する特徴的な山だった。頂上からの広大な展望は魅力的で、人工物がほとんどない荒涼たる大地に湖や入り江が光り、北のかなたにはリアス式の海岸線や幾つかの島嶼が望まれた。
 2つ目の山は、アラプールの南西、マリー湖畔に聳えるベン・エッグ(Beinn Eighe 1,800ft)。この山域は国の自然保護区になっており、山麓は350年以上もの樹齢を重ねた松の巨木の森で、周回するウッドランド・トレイルが設置されている。マウンテン・トレイルはこの森を抜け、一気の急登でベン・エッグの頂上台地に出る。山上の小さな湖で昼食をとりながら雄大なパノラマを楽しむ。

 見はるかすかなたまで、波のうねりのような大地の起伏が重畳と続いていた。今から90年ほど前に辻村が眺めたであろう、同じようなハイランドの風景がそこにあった。
 その辻村は大正12(1923)年9月1日、あの関東大震災で居宅背後の貯水池が決壊、スイス人のローザ夫人や三児とともに36歳の若さで他界している。2つの名著は、泥流の中から掘り出された原稿も含めて、遺稿集としてまとめられたものである。


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■著者紹介

節田 重節(せつだ じゅうせつ)
1943年新潟県生まれ。明治大学法学部卒業。
元山と溪谷社 取締役編集統括本部長。大学卒業後に山と溪谷社に入社以来、『山と溪谷』の編集など、数多くの山岳図書の編集に携わる。明治大学山岳部OB、日本山岳会会員、植村直巳記念財団理事、浅間山麓国際自然学校理事、日本アウトドアジャーナリスト協会副会長など。