- 第5回 - 著者 九里 徳泰


「こころの報酬」とアウトドア活動

フロー体験
 フロー体験という言葉を聞いたことがあるだろうか?
 登山家がさらに高い山を、さらに険しい岩のルートを選んで登る。さらに先があるから常に目指すものがある。登山家自身、どうして山に登るのだろうか?という疑問はみじんもないだろう。

 「そこに山があるからだ」と有名な言葉を残した、英国エベレスト登山隊のマロリーではないが、実際に登山家が山に登る明確な理由などない。しかし、視点を人間のこころに移した場合、自分の中での「最高の瞬間」を遠からず求めて、登るということはいえないだろうか?
 この時の心境がフロー状態にある、といわれている。
 登山などの非日常的な経験の中で、登山家が、
 「 流れている(floating)ような感じだった」
 「 私は流れ(flow)に運ばれていたのです」
 という言葉を用いたことから、シカゴ大学心理学科教授のチクセント・ミハイはこの状態を「フロー」と名付けた。自分の注意や意識を向けるまでもなく、体がオートマティックにスムースに動く瞬間。

心の報酬を得る
 我々は、誰もが登山のようにある行動に対して非常に集中し、没入する状態に陥りながらその行為をし続けることを求めることがある。
 つまり、報酬を期待した活動では人間は自由や開放感をなかなか味わえないが、自分が望んで行う活動では「楽しさ」という大きな内発的報酬つまり、「こころの報酬」が得られるのだ。
 この理論は、アウトドア活動の指導者には肝に銘じなければいけない。なぜなら、教育の対象者としての子ども達が、主体的に望んでアウトドア活動ができるかどうか、がキャンプや活動をする上においてとても重要だからだ。
 指導者側のオペレーションの容易さ、楽さを追求して、コマンドコントロール型(いわゆる1対多の講義形式や、厳しくスケジューリングされた活動)のプログラムになると、活動の成果として一番大切な「こころの報酬」が得にくくなる。
 アウトドア活動の本来の目的は、うまく火をおこせることでも、テントをきれいに張れることでもなく、「こころの報酬」がどのくらいあったかであると私は思うからだ。
 ミハイは、「こころの報酬」とは、「発見の感覚、人を新しい現実へと移行させる創造的感情である。それは人の能力をより高い水準へ押し上げ、それまでには夢にも思わなかった意識の状態へと導いていく」という効果をもたらすとしている。
 アウトドア体験には、その行動をするための動機付けが必要であり、それを伸ばす指導者側の教育技法がとても重要だということが、このフロー理論からよくわかる。

参考図書:
チクセントミハイのフロー理論
「フロー体験 喜びの現象学」M.チクセントミハイ (今村浩明 訳) 世界思想社 1996


■バックナンバー
冒険家から自然体験指導者へのメッセージ(1)
冒険家から自然体験指導者へのメッセージ(2)
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■著者紹介

九里 徳泰(くのり のりやす)
1965年生まれ。冒険家、中央大学助教授。中央大学大学院総合政策研究科修了。
冒険家として世界80カ国を訪問。チベット高原自転車縦断、南米アコンカグア自転車下降などを学生時代に行う。その後も、高所登山、カヌー、自転車とオールラウンドにアウトドアでの冒険を展開。1997年に7年間にわたるアメリカ大陸人力縦断でオペル冒険大賞エポック賞受賞。
近著に、 「親と子の週末48時間」(小学館)、「九里徳泰の冒険人類学」(同朋舎)など、著作多数。作家、テレビ・ラジオ・インターネットメディアの出演者として多方面に活動している。

■関連情報
九里徳泰HP
中央大学研究開発機構
中央大学研究開発機構(政策科学研究ユニット)