- 第1回 - 著者 九里 徳泰


 「優れたビジネスマンを優れたアウトドアズマンにするのは大変なことだ。だが、優れたアウトドアズマンを優れたビジネスマンにすることはイージーだ」。

 環境活動でも知られるアメリカのパタゴニア社の創設者であり、オーナーのイヴォン=シュイナードの名言だ。クライマーとしても世界で一流の彼は、今から40余年前にパタゴニアの前身であるGPIW(ピトン製造会社)をクライマー仲間と作った。後に創設者たちは別れ、カジュアルウエアのIZOT、ロイヤルロビンスを興した。確かに優れたクライマーがビジネスに成功したという事実はある。

 イヴォンは続けた。
 「考えてもみてごらん。クライマーはね自分の”命”と”自分の肉体”をマネジメントしているんだ。じゃあビジネスマンは?”お金”と”商品”をマネジメントするんだ。もうわかっただろう。自分の命のマネジメントを間違えたら死だ。そっちのほうがよっぽど難しいことをやってるからね」。

 連載の最初にこの言葉を私が持ってきたのは、自然体験指導者の求められる資質に関して私からのメッセージがあるからである。
 私は、現役の登山家、冒険家、探検家が多く自然体験指導者として活躍してもらいたいと思っている。特にプロフェッショナルなクライマーやハイレベルなガイド、インストラクターが多くこの分野に入ってきてもらいたい。
 冒頭のイヴォンの言葉を引くまでもなく、優れたアウトドアズマンは、優れた自然体験指導者になれる資質をもっているはずだからだ。彼らの極限までの自然を通した体験を社会へフィードバックしない手はない。

 残念ながら、日本では自然体験指導者となると手法としての教育ばかりに目をむけやすい。
 ここで本質的なことを見落としている。実は教えることそのものが目的ではなく、地球上のありとあらゆる自然とそのつながりかたを、自分の体験をもって<伝承する>とこにこそ、自然体験の意味があるのではないか、ということだ。それには豊富なアウトドアでの主体的な経験が必要となる。

 私はアメリカのアウトドアスクールでオリンピック選手からカヌーを習ったことがある。もちろん3日で私は見違えるほどうまくなったが、私より若かったその彼は、その後大学院を出て、巨大企業の環境監査部に入ったから驚いた。彼は、川と毎日つきあいながら自然の仕組みの中での川の役割を考えていた。スクールから川への行き帰りの車中は、川の環境の話ばかりだった。その実体験をふまえた話は、何度聞いても興味深いものだった。



■バックナンバー
冒険家から自然体験指導者へのメッセージ(1)
冒険家から自然体験指導者へのメッセージ(2)
冒険家から自然体験指導者へのメッセージ(3)
冒険家から自然体験指導者へのメッセージ(4)
冒険家から自然体験指導者へのメッセージ(5)
冒険家から自然体験指導者へのメッセージ(6)

■著者紹介

九里 徳泰(くのり のりやす)
1965年生まれ。冒険家、中央大学助教授。中央大学大学院総合政策研究科修了。
冒険家として世界80カ国を訪問。チベット高原自転車縦断、南米アコンカグア自転車下降などを学生時代に行う。その後も、高所登山、カヌー、自転車とオールラウンドにアウトドアでの冒険を展開。1997年に7年間にわたるアメリカ大陸人力縦断でオペル冒険大賞エポック賞受賞。
近著に、 「親と子の週末48時間」(小学館)、「九里徳泰の冒険人類学」(同朋舎)など、著作多数。作家、テレビ・ラジオ・インターネットメディアの出演者として多方面に活動している。

■関連情報
九里徳泰HP
中央大学研究開発機構
中央大学研究開発機構(政策科学研究ユニット)