~ 夏編3「掌状複葉」 ~ 著者 林 将之


■珍しい葉の形

 右の葉は、トチノキという樹木の葉です。トチノキといえば、山に入ると沢沿いで大木をよく見ることができ、栃餅(とちもち)などの名産品もよく知られています。町中でも街路樹や公園にしばしば植えられ、「マロニエ」と呼ばれていることもあります。(マロニエは正確にはセイヨウトチノキを指しますが、日本で植えられるものはトチノキか園芸種のベニバナトチノキが大半です)。
 このトチノキの葉は、樹木としては非常に珍しい形をしています。「え、どこが?」と思うかもしれませんが、小さな葉が5枚集まっているように見えるのは葉の一部分で、これらすべてを合わせて1枚の葉を構成しているのです。このような形を掌状複葉(しょうじょうふくよう)と呼び、小さな葉の部分は小葉(しょうよう)と呼びます。どうでしょう、掌(てのひら)の形に見えますか? 「なぜこんな形になったのか?」と問われるとなかなか難しいのですが、カエデの葉には切れ込みがあるように、その切れ込みがさらに深くなったのが掌状複葉と考えれば一応の理解はしていただけるでしょう。



トチノキの1枚の葉


ホンコンカポックの葉
 日本産の樹木では掌状複葉を持つ種類は非常に珍しく、どのくらい珍しいかというと、ヒトの血液型でいえばAB型よりはるかに珍しいのは確かです。具体的には前述のトチノキ、若葉が山菜になるコシアブラやヤマウコギ、ヒメウコギ、南日本に分布するフカノキなど、数えるほどしかありません。かといって、掌状複葉の樹木は滅多に出会えないかというと、そうでもありません。山でも町でもよく見られるトチノキをはじめ、ヤマウコギも身近な山野にふつうに見られますし、コシアブラは春に山菜としてスーパーにも並びます。また、つる性の樹木ではアケビやムベも掌状複葉を持ち、こちらも身近な山野にふつうに見られ、庭木としても植えられます。
 日本産以外の樹木では、観葉植物として多く出回っているホンコンカポック(和名ヤドリフカノキ)や、ハーブとして植えられるニンジンボクも掌状複葉を持っており、路地の鉢植えなどをよく見かけます。

■よく間違えるトチノキとホオノキ

 トチノキとよく見間違える樹木にホオノキがあります。トチノキはトチノキ科で掌状複葉を持つのに対し、ホオノキはモクレン科でふつうの単葉(たんよう→本稿第1回参照)を持つのでまったく別の仲間なのですが、ホオノキは枝先に葉が車輪状に集まってつくため、まるで掌状複葉のように見えるのです。両者は山の中でも混在して生えていることが多く、葉も大型でよく似ているため、ハイカーの間ではその区別方法がしばしば話題に挙がります。
 両者の大きな違いはどこでしょうか。トチノキは、もともと1枚の葉であったのが5枚の小葉に分かれたと考えることができるので、5枚の小葉の付け根はぴったり1カ所に集まっています。それに対しホオノキは、あくまで複数の葉が集まって掌状複葉のように見えるだけなので、それぞれの葉の付け根をよく見ると微妙に位置がずれています。こうした点をよく観察すると、どこまでが一枚の葉なのかが分かると思います。



枝先に葉が集まってつくホオノキ
 その他の見分け方には、本稿の夏編1「ウルシ」でも述べたように芽の有無で調べる方法もあります。枝の先には必ず芽がつくので、ホオノキは葉の集まる中心に芽がありますが、トチノキの小葉の中心には芽はありません。また、トチノキは小葉のふちに鋸歯(きょし:ギザギザ)があるのに対しホオノキはない、といった違いもあるので、近くで見れば区別は簡単です。

■この葉は何の形に見えるかな?

 掌状複葉とよく似た形の葉をもう一つ紹介しましょう。右の写真は、道端や草むらなどによく生えているヤブガラシというツル性の雑草です。5枚の小さな葉(小葉)からなる感じが掌状複葉と似ていますが、よく見ると小葉の付け根の形が違うのがお分かりでしょう。5枚が1カ所から出るのではなく、3本に分岐した柄からさらに分岐して小葉がついています。さて、手のひら形の掌状複葉に対し、この葉の形は何に見えますか・・・?
 じつはこのような葉は、鳥足状複葉(とりあしじょうふくよう)と呼ばれています。こちらは掌状複葉よりもさらに珍しい形で、日本産の樹木ではほとんど見られませんが、草ではヤブガラシ、アマチャヅル、ウラシマソウなどでこのような葉の形を見ることができます。中でもヤブガラシは身近に多く生えているので、掌状複葉と比較しながら観察してみると面白いでしょう。
 なお、鳥の足が本当にこんな形をしているかどうかは、ぜひ実物の鳥を観察して確かめてみたいものです。鳥の足との共通点、相違点を見つけることができれば、植物と鳥と両方の理解を深めることができるでしょう。



花を咲かせるヤブガラシ


ヤブガラシの1枚の葉


■バックナンバー
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編1「基礎・冬芽」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編2「冬の落葉樹」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編3「常緑低木」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編1「サクラ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編2「タラノキ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編3「カエデ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編1「ウルシ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編2「ウツギ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編3「掌状複葉」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~秋編1「どんぐり」~

■著者紹介

林 将之(はやし まさゆき)
1976年山口県生まれ。編集デザイナー。
千葉大学園芸学部卒業後、植生調査や造園系雑誌編集の職歴を経てフリーに。2002年、学校法人中央工学校 非常勤講師。葉で樹木を見分けることをテーマに掲げ、樹木の観察指導やデジタル標本収集等に取り組んでいる。現在運営する樹木鑑定サイト「このきなんのき」では投稿写真から樹木の名前の鑑定を行っている。
著書「葉で見わける樹木」(小学館)

■関連情報
樹木鑑定サイト「このきなんのき」