~ 春編1「サクラ」 ~ 著者 林 将之


■一年で一番難しい季節
 寒い中にも春の陽光を感じる日が増え、芽吹きの季節が近づいてきました。木々の枝先についた冬芽はだんだんと膨らみ、やがては若葉や花が顔をのぞかせることでしょう。この季節は、どうやって樹木の種類を見分ければよいのでしょう?
 じつは芽吹きの季節は、「一年の中で最も種類を見分けるのが難しい季節」と言われることがあります。冬なら冬芽、夏や秋なら葉で見分けることができますが、春は冬芽は展開してしまい、葉はまだ不完全な状態なので、種類ごとの特徴をつかみにくいのです。例えば、若葉と成葉(せいよう:成長しきった葉)を比較してみると、若葉は大きさが小さいのは当然として、色が薄い(または赤く色づく)、毛が多い、質が薄いなどの違いがあり、成葉で見られる特徴がまだはっきり現れていないことが多くあります。また、芽吹きの姿を扱った図鑑もなかなか目にしないので、この季節の樹木を見分けるには、やはり実際にフィールドで経験を積んでいる人が強いと言えるでしょう。

ミズキの芽吹き。
■花と葉は同時に開く?
 春は、芽吹きの季節であると同時に、たくさんの花が咲く季節でもあります。葉と花が同時に開く樹木もあれば、葉より先に花を咲かす木、葉を開いた後に花を咲かす木もあります。これらの木々が芽吹くところをよく観察してみると、花だけが出る芽、葉だけが出る芽、花と葉が出る芽があることが分かると思います。これをそれぞれ花芽(はなめ、かが)、葉芽(ようが)、混芽(こんが)と呼び、樹木の種類によってどのタイプの芽を持つかが決まっています。例えば、早春に花と葉を同時に開くニワトコは、混芽と葉芽の2つを持っています。一方で、花だけを早々と咲かすウメは、花芽と葉芽の2つを持っており、花芽だけを先に開くというわけです。
 ふつうは花芽(広義で混芽も含む)の方が葉芽よりも大きいので、冬の間でもこれらを区別できる種類も多くあります。

■開花期の桜を見分けよう
 さて、花と葉の開くタイミングといえば、桜の仲間を見分けるときのポイントになります。毎年桜の開花期になると、色とりどりの桜が咲いているのを見ますが、いつも種類が分からないまま葉桜を迎えてしまう、という人も多いのではないでしょうか。そんな方々のためにも、まずは桜の基本種から簡単にご紹介しましょう。
 日本で最も有名な桜と言えばソメイヨシノ(染井吉野)です。単に「サクラ」と言えばソメイヨシノを指すことが多く、最も多く植えられている桜でもあります。ソメイヨシノは、野生種のエドヒガンとオオシマザクラを交雑して作られた品種と言われており、山野には自生していません。ですが、登山道や休憩所などに植えられることが多いので、山の中でもしばしば出会うのも現実です。元来身近な山中でふつうに見られる桜はヤマザクラで、標高の高い山や北海道などで多く見られるのはオオヤマザクラです。では、今挙げた5種類の見分け方を説明しましょう。
■ポイントは花色・葉色・花柄の毛
 ソメイヨシノの人気の秘訣は、淡いピンク色の花を枝いっぱいに咲かすことにあります。つまり、葉が出る前に花だけを開くのです。これはエドヒガンから受け継いだ性質であり、これに対し、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、オオシマザクラは葉と花を同時に開きます。これが大きな区別点となります。また、ヤマザクラの若葉の色はふつう赤味を帯びる(写真)のに対し、オオシマザクラの若葉は緑色で、花はほぼ白色なので、遠くから見ると緑白色の涼しげな雰囲気があります(写真)。一方のオオヤマザクラは、ヤマザクラ同様に若葉は赤味を帯びますが、花色が一段と濃いピンク色になることが違いです。
 ソメイヨシノとエドヒガンを見分けるポイントは、筒状になった花のガクの部分(萼筒:がくとう)にあります。エドヒガンはこの部分が玉状が丸く膨らむので、他のサクラ類とははっきりと異なります(写真)。これはエドヒガンの品種であるシダレザクラにも共通して見られる特徴です。また、ソメイヨシノは木全体に毛が多いので、花の柄(花柄:かへい)にも産毛のような毛がたくさん生えています(写真)。エドヒガンにもこの毛は見られますが、ヤマザクラやオオシマザクラは無毛なので、この点でも区別することができます。
 以上が桜類の簡単な見分け方ですが、野生の桜にはその他にも何種か存在しますし、個体差も多く見られるので、一筋縄ではいかないのが難しいところです。まずは家の近くに生えている桜から観察してみるのが良いかも知れませんね。

ヤマザクラ。淡いピンク色の花と赤い葉がポイント。

オオシマザクラ。
白い花に緑色の葉がポイント。

(左)エドヒガン。花は一回り小さく、ガクの下が丸く膨らむ。
(右)ソメイヨシノ。花の柄に毛が生えているのが見える。


■バックナンバー
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編1「基礎・冬芽」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編2「冬の落葉樹」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編3「常緑低木」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編1「サクラ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編2「タラノキ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編3「カエデ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編1「ウルシ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編2「ウツギ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編3「掌状複葉」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~秋編1「どんぐり」~

■著者紹介

林 将之(はやし まさゆき)
1976年山口県生まれ。編集デザイナー。
千葉大学園芸学部卒業後、植生調査や造園系雑誌編集の職歴を経てフリーに。2002年、学校法人中央工学校 非常勤講師。葉で樹木を見分けることをテーマに掲げ、樹木の観察指導やデジタル標本収集等に取り組んでいる。現在運営する樹木鑑定サイト「このきなんのき」では投稿写真から樹木の名前の鑑定を行っている。
著書「葉で見わける樹木」(小学館)

■関連情報
樹木鑑定サイト「このきなんのき」