~ 春編2「タラノキ」 ~ 著者 林 将之


■花より団子、芽吹きより山菜
 色とりどりの春の花々が散り始めると、いよいよ本格的に芽吹きのシーズン到来です。芽吹きの季節は、眺めるだけでも気持ちのいいものですが、同時に食べる楽しみもあります。そう、山菜摘みです。山菜といえば、ワラビ、ゼンマイ、フキノトウ、ウドなどのシダ類や草花が思い浮かびますが、樹木ではなんと言っても「タラの芽」が王様です。
 タラの芽は、ウコギ科の落葉低木「タラノキ」の芽のことで、山野の日当たりのよい場所に生えます。よく見かけるものは高さ1~2mぐらい、大きいものでもせいぜい4mぐらいです。「山菜の王様」と言うぐらいだから、さぞかし貴重な木だろう、と思われる方もいるかも知れませんが、生育力旺盛で丈夫な木で、雑草のような存在の木です。よって、タラの芽を採りすぎて絶滅してしまう、なんて心配はまずないと考えてよいでしょう。ただエチケットとして、1本の木のすべての芽を摘んでしまうようなことはせず、いくつかの芽は残しておきましょう。そうしないと、さすがのタラノキも生育力が落ちてしまい、来年の芽吹く量が減ってしまいます。


■美味しいものにはトゲがある!?
 タラノキはどうやって見分ければよいのでしょう? もう説明しなくてもご存じの方も多いと思いますが、タラノキは木全体にトゲが多いのが特徴です。幹もトゲだらけですが、葉にもトゲがたくさんあります。若葉の頃はまだ軟らかくて瑞々しいので、山菜として食べることができるのです。この葉が夏になって大きくなると、トゲも硬く鋭くなって、近づくのも厄介な木になります。ところで、
 Q.このトゲは何のためにあるのでしょうか?


美味しそうなタラの芽。


高さ4mあるタラノキの幹。
トゲはほとんどない。
 タラノキのトゲは、特に2m以下の若い木で多く見られますが、3,4mと大きくなるにつれて、トゲは次第になくなっていきます。さて何故でしょう? これをヒントに考えると、木が小さい時は、葉を動物に食べられないように身を守っている、と考えることができますね。人間がタラの芽を「美味しい」と感じるように、野生動物にとってもタラノキはご馳走のようです。木の高さが2mを超えるぐらいになると、シカやノウサギに食べられる心配もなくなるので、トゲは減ってくるという理屈です。もちろん、本当の理由は木自身に聞いてみないと分かりませんが、他のトゲがある樹木でも同じような傾向が見られます。
 このように、単に山菜を食べるだけでなく、植物と動物の駆け引きを学びながら山菜摘みを行うと、またひと味違うことでしょう。でも、食いしん坊の人間が、高い所にあるタラの芽もたくさん採ってしまうと、タラノキの方も高さ何mになってもトゲをつけるようになるかも知れませんね。


■タラノキの特徴について考える
 山野を散策していると、タラノキ以外にもトゲのある樹木がいくつか見られます。ハリギリ、ヤマウコギ、カラスザンショウ、サンショウ、ニセアカシア、ノイバラ、キイチゴ・・・など、結構な種類を挙げることができます。タラノキと同じような環境に生える木も多いので、しっかり見分けられるようになりたいところです。タラノキは、これらと比べてもかなり大きなトゲを持ち、幹やトゲの色は白味が強いので、見慣れていれば間違うことはないと思いますが、確実に見分けるならば、葉痕(ようこん)の形を見ると分かりやすいでしょう。葉痕とは、葉がついていた痕のことで、多くの木では5mm前後の円形~三角形をしているものですが、タラノキではこれが非常に細長いV字形のようになり、枝の半周以上を巻いています。これは他種にはなかなか見られない特徴なので、見分けのポイントになります。また、タラノキの若木の樹形は、幹がほとんど枝分かれせず、棒のように地面から1本だけ伸びていることが特徴です。では、
 Q.なぜタラノキの幹はほとんど枝分かれしないのでしょうか?
 この問いのヒントを兼ねてもう1問、右下のタラノキの幼木の写真を見てみて下さい。
 Q.この写真には何枚の葉が写っているでしょう?
 答えは3枚です。エッと思うかも知れませんが、何枚も見える小さな葉は小葉(しょうよう)と呼ばれ、これが規則的に並んで1枚の大きな葉を構成しているのです。この形態は2回羽状複葉(にかいうじょうふくよう)と呼ばれ、樹木ではとても珍しい形です。この連載の第1回で説明した「羽状複葉」が2回繰り返された形になっているのです。葉痕が非常に細長くて大きいのも、葉が大きいためです。
 難しい専門用語はともあれ、1枚の葉なのだから、冬になると1枚の葉ごとバッサリ落ちてしまします。この写真の3枚の葉がすべて落ちると、幹1本だけが棒のように残ることが想像できるでしょう。つまり、幹の枝分かれが少ないのは葉が大きいためで、別の言い方をすると、葉が枝の機能も兼ねているというわけです。


細長い葉痕(ようこん)が見える。



これは何枚の葉?


■バックナンバー
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編1「基礎・冬芽」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編2「冬の落葉樹」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~冬編3「常緑低木」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編1「サクラ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編2「タラノキ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~春編3「カエデ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編1「ウルシ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編2「ウツギ」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~夏編3「掌状複葉」~
葉で調べる樹木の見分け方 ~秋編1「どんぐり」~

■著者紹介

林 将之(はやし まさゆき)
1976年山口県生まれ。編集デザイナー。
千葉大学園芸学部卒業後、植生調査や造園系雑誌編集の職歴を経てフリーに。2002年、学校法人中央工学校 非常勤講師。葉で樹木を見分けることをテーマに掲げ、樹木の観察指導やデジタル標本収集等に取り組んでいる。現在運営する樹木鑑定サイト「このきなんのき」では投稿写真から樹木の名前の鑑定を行っている。
著書「葉で見わける樹木」(小学館)

■関連情報
樹木鑑定サイト「このきなんのき」