- 第2回 - 著者 大蔵 喜福


「山でリアルな体験を積もう」
 もうかれこれ20年程前になりますが、ある雑誌でハイカー遭難のことについて対談したことがあります。その時出た話は「自然の本当の姿を知らなすぎる、もっと実体験をして積んで自然界の道理あるいは摂理を学んで欲しい」という結末になりました。
 大人、子どもに関わらずです。たとえばある子どもがキャンプの夜「おーい星がプラネタリウムみたいに見えるぞ」といったり、大学生でも沢登りの最中に「日本庭園みたい」なところがあったと驚くなど、それに類似した話が幾つかでました。
 映像、写真または管理された自然公園?、〇〇ランドなどの遊園地で、作られた自然らしき場所でしか遊んでいないからです。
 そこには強烈な大自然の臭いもなく大波瀾の悪天候にもあわない。さらに管理された遊び場では自由きまま、好き放題なことはやらせて貰えません。自然の疑似体験による大きな弊害といえます。こんな人たちが増えたら地球規模の環境保全などといってもわけがわからないでしょう。

「山のぼりを通した自然との触れ合いが、今の自分を形成」
 昔はさほど自然は遠くなく身近にありました。また画一的な思考をもたらす受験のための教育もさほどのことはありませんでした。私たちは自然を自由に好きなだけ遊んで、いろいろ学べたわけです。自由な発想の遊びがないと人の成長はないのです。
 私自身の体験からいっても学校の授業を通して学んだことは忘れても、体験を通して得たものはいまだに覚えています。とくに山のぼりを通した自然との触れ合いが、今の自分を形成したといっても過言ではありません。
 はじめて本格的に山に登った中学生の時(個人的に)はもっと衝撃的なことばかりでした。文明からかけ離れたところで自分自身で担ぎ・歩き・食べ・寝ると生活もしなければならなかっからたいへんでした。他のアウトドアーの遊びとは大きく異なっていたわけで、これがすこぶる楽しかったことを覚えています。さらに山が好きになって次々に新しい発見があり、今に至っているわけです。

「山に登ることで、自然現象に対応する能力がつく」
 自然は面白くそして怖いもの、そして人にとってなくてはならないものということ。地形や地質、植物、虫、気象、水と川等々、大自然のサイクルは生き物にとってかけがえのないものばかりです。役に立たないのは人間だけと思ってしまいました。自然によって生かされているということです。
 さらに自然現象に全身で対応していく能力も身に付き、寒さに対する抵抗力、高所への順応性、バランスや持久力、筋力などの体力づくりと、競技スポーツとは違ってかたよらない体力づくりができたと思っています。
 とくに、山の中では自分で考え出さねばならない多くの事態にぶつかります。なにも無いところでの生活は、当たり前にやってきた家庭生活のひとつひとつにわたって再認識しなければならない立場に追い込まれます。
 山では水ひとつとっても、はじめから持参する、水場まで汲みにいく、雪を溶かすという方法しかありません。炊事用の火や眠る場所についても同じです。自然条件だけでも日常生活よりも厳しいのに、その中で自分自身の考えを明確にし判断し、主体的に動かなければ困ってしまうこともよくわかりました。

「友情と助けあいの精神を学ぶ」
 また、グループ行動の中での人間関係、助け合い精神とか、辛い体験を同じくする仲間との友情とか無形の財産がそなわりました。消極的な性格が次第に積極性を増しリーダーシップを発揮できるようにもなったわけです。
 体験学習としての登山を考えたとき、以上のような多くの要素をふくんだ教育ができると考えられます。なによりも知恵と創造力がそなわり、自然と人間社会の総合的な学習ができます。
 登山を教えることはあくまで二義的で、一所懸命取り組むことにより得られるもの、学校の授業では教えられないことを学ばせることができるという素晴らしさがあるのです。
 ファミリーでの登山はもっと楽しいですよ。ぜひチャレンジを。



■バックナンバー
自然体験活動のすすめ「山に登ってみよう」(1)
自然体験活動のすすめ「山に登ってみよう」(2)
自然体験活動のすすめ「山に登ってみよう」(3)
自然体験活動のすすめ「山に登ってみよう」(4)
自然体験活動のすすめ「山に登ってみよう」(5)最終回

■著者紹介

大蔵喜福(おおくら・よしとみ)
1951年長野県飯田生まれ。クリエイティブディレクター、著述業/登山家。
20代は岩壁登攀でヨーロッパ、アメリカに。'79 年には世界初のヒマラヤ縦走登山(ダウラギリ三山縦走) に成功。30代はヒマラヤ厳冬期登山にこだわる。冬のチョモランマ北壁に二度挑戦。'85 厳冬期最高到達地点〔8450m〕記録をつくる。 '87秋チョー・オュー(8201㍍) では無酸素登頂。40代はマッキンリー気象観測のため12年連続して登頂。カヌーでの瀬戸内海初横断、朝鮮海峡横断などユニークな記録も持つ。海外登山、辺境トレッキング等は50数回におよび、多角的にアウトドアスポーツを楽しみマルチに山を遊ぶ活動は精力的で、雑誌、テレビ、ラジオ、講演でも活躍。'00 年、マッキンリー気象観測が評価され、第三回秩父宮記念山岳賞を受賞。著作「エベレストのぼらせます」小学館 '00、「地球元気村遊びテキスト-山の遊び方-」旬報社 '01など多数。