第3回 著者 大西 かおり


「ホタル」
 大杉谷のホタルは場所によっては、もうピークを迎えています。今回は大杉谷自然学校のプログラム素材のひとつであるホタルについてご紹介いたします。

ホタルの種類
 昨年の11月の終わり頃、私たちは秋の自然体験の下見に出かけました。ところが、帰ってくると17時をまわり、周りはすっかり暗くなっていました。急いで帰ろうとしていると、数ヶ所の方面がぼんやり光っているではありませんか。私たちは驚いて、その光の主を調べようとしました。なんといっても、もう寒い11月の終わりです。ホタルなんかはいるはずがないと思っていました。
 ところが、驚いたことに、その光の主は毛虫のような形をしたホタルの幼虫でした。クロマドボタルという、雌の羽が退化したタイプのホタルだったのです
。  一般的に大杉谷で一番早く、一番多くいるのはゲンジボタルで、大きく明るく光ります。そして、次に出てくるのはヘイケボタルで、ゲンジボタルよりやや小さいものです。そして、少し間を開けて、ヒメボタルが飛びます。これはさらに小さく、間隔がとても短い光り方をします。この3種類がよく人の目に触れることができるホタルです。
 日本では確認されているだけで46種類、世界では2000種類以上いるといわれています。ホタルは本当にたくさんの種類が存在するのです。今回はゲンジボタルにしぼってお話します。

ホタルがいるポイントは?
 さて、飛んでいるホタルはとてもきれいです。幻想的な光を放ちます。以前たまたま訪れていた東南アジアの海岸で、生えている草を埋め尽くすほど、ホタルが光っている風景に出くわしたことがありました。海外の、しかも海のそばにホタルがたくさんいた、ということに大変驚きましたが、その風景は、今でも忘れられないほど幻想的な風景として心に残っています。
 さあ、そんな風景を見るために必要なことは、いったいなんでしょう?いくつかのポイントをしっておくことが、ホタルがいるかいないかを見分け、そして、ホタルを増やす環境も、滅ぼす環境も、そのポイントを守れるかどうかにかかっているのです。

ホタルが無人島へ行くとしたら必要なものは?
 さて、皆さんに質問です。「もし、あなたが明日から無人島で暮らすとしたら、何を持っていきますか?必要なものを3つ選んでください。時間は3分」。

 さあ、いったい何を持っていくことにしましたか?無人島のような、何もないところで必要最低限のもの3つだけだとしたら、間違いなく2つは水と食料を選んだでしょう。そして、やはり、安全な家が欲しいところです。生物が生活する上ではやはり、食料、水、家は欠かせないものなのです。

 さあ、次に考えてみてください。「もし、ホタルが無人島に行くとしたら、何を持っていくと思いますか?」。ホタルが必要としているものは、何でしょう?ホタルが欲しいものは、生活方法などを知らないとわかりません。

ホタルの一生
 ホタルの一生は、小さなタマゴをやわらかい苔の上に産み落とすことから始まります。そして、しばらくすると、孵化した幼虫は“カワニナ”という貝を食べて成長します。そして、だいたい7月から翌年の4月になって、サナギになるために上陸するまで、水中でこの貝を食べながら過ごしているのです。
 “カワニナ”は1cm~3cmくらいの、円錐状の巻貝です。ちょうど“クリームコルネ”という、パンに似ています。この宮川村では、カワニナのことを“タニシ”と呼んだりします。ホタルの幼虫は小さいときは、小さいカワニナ、大きくなったら大きなカワニナと、体の大きさによって色々な種類のカワニナを食べ分けながら成長していくのです。

 3月下旬から4月上旬、暖かい雨が初めて降った夜(水温が13度以上になった日から初めての雨の日)、ホタルの幼虫はサナギになるために上陸してきます。実は、ホタルは卵の時代から、淡い光を放っているといわれています。この上陸するときの光は、幻想的な青い光です。この青白い光が何千という単位で川から上陸してくるのです。このホタルの上陸は、飛翔するホタルと同じくらい美しいものです。ホタル鑑賞会と称して、少し早いホタル鑑賞もいかがですか?

 5月には土にもぐり、サナギになります。そのままじっと穴の中でしていて、6月頃に羽化し、私たちが、やっとよく目にする群れで飛びながら、光る状態になります。そして、約1週間で交尾をして、卵を産んだら死んでいきます。私たちが「ホタル、ホタル。」と騒いで夢中になる時期は、実はホタルの一生からすると、ほんの一瞬に過ぎないのです。

ホタルが無人島へ行くときもってくもの。
 さて、先ほどの質問の続きです。ホタルの一生がわかりました。もし、ホタルが無人島に行くとしたら、何を持っていくと思いますか?人間でいう食べ物である大中小のカワニナ、きれいな水、そして棲家として、苔、水、土が必要になるのです。人間に比べてホタルが生きていくためには、必要不可欠なものが色々あるということがわかります。

ホタルを見つけるポイント
 ここで最初に戻りますが、たくさんのホタルが乱舞しているかどうかは、その環境にこれらの要素があるかどうかが、ポイントの一つです。もし、ホタルがいるかな?と感じるポイントに出かけたら、ぜひ、苔があるかどうかや、カワニナがいるかどうか、水がきれいかどうかを見てみてください。
 大杉谷でホタルがいる環境は、見事にこのホタルに必要なものがそろっています。特にエサとなるカワニナは、川に入るとついつい足を上に置かざるをえないので、ぱりぱりと割れる音がするほどたくさんいます。『ホタルを6月に鑑賞したいな』、と思ったら、前年の7-8月の泳げるシーズンに、いろいろなところで泳いで、水がきれいで苔のある、そしてカワニナがたくさん住むところを探っておくと良いでしょう。

蛍で本が読める?
 さて、このようにホタルは1年中、6月に飛翔する場所の周辺で、タマゴからサナギまで一生懸命生きています。その姿はまるで、人の見ていないところでこそ、頑張る隠れた努力家のようなものでしょう。  しかし、やはり一番人目に触れる時期は、6月に乱舞する本当に美しい姿です。
 時期を選ぶと、数百のホタルが群れて、ボールのように見える姿も観察できます。歌にでてくる「ホタルの光」は、ホタルの光を集めて本を読んだ、という故事からきているそうですが、あながち想像だけではなく、本当に本が読めるほどほど明るいこともあります。

ホタルの鑑賞
 ホタルの鑑賞は、全体が飛翔する雰囲気的なものを味わうものと、手にとって細かく観察するものの、2種類をしています。ホタルを知るためには、やはりどちらも大切だと思います。まず、全体を鑑賞してみましょう。よく見てみると、活発に飛びまわっている個体と、草の陰などで少し弱い光を放っているものがいると思います。
 飛翔するホタルをやさしくやさしく捕獲します。そして、裏に返してください。きっとお腹の節が2つ光をだしていると思います。これがオスです。私たちが目にする、飛びながらピカピカ光るホタルは、多くがオスです。そして、メスはというと、草の裏などで、弱い光で光るものです。光る部分はお腹の節1つだけです。だから、よく観察していると、草の陰で弱く光るメスを見つけると、オスのホタルはすごいスピードで、そのメスのホタルめがけて飛んでいきます。

 車のフォグランプに集まる、という話を聞いたことがあると思います。実際にホタルが吸い寄せられるように集まってきます。これはメスと間違えて、よってきてしまうのです。最近では、なんと携帯電話や、タバコの光によってくることがあります。これらの現象は、街灯などのない真っ暗なところだと、顕著に見ることができます。ただし、ホタルの邪魔にならないように気をつけてください。ホタルは、私たちに光る姿を見せるために飛んでいるのではありません。自分たちの子孫を残すための繁殖行動として、光りで交信しながら飛んでいるのです。

ホタルの飼育
 大杉谷地域の人は、ホタルを飼って楽しみます。それは、飛んでいるものだけではなく、1年中育てているのです。まず、飛んでいるメスとオスを捕獲してきて、箱の中に入れます。そして、やわらかいフェルトか、苔にタマゴを生ませます。孵化したばかりの幼虫に、カワニナを捕ってきてすりつぶして与えます。だんだん大きくなると、体に合わせてカワニナは大きいものを与えていきます。
 こうして、約8ヶ月後、幼虫がサナギになる頃に、水の流れる場所に戻してあげるのです。毎日毎日カワニナを与え、ホタルの世話をしていくのは、とてもとても大変な作業です。だから清流を自宅に引くことと、カワニナの養殖は欠かせません。地域の人はホタルを飼うために、カワニナも自宅で飼っているのです。暑い夏も、寒い冬も、色々な大きさのカワニナが必要だからです。だから、ホタルと同じくらい、カワニナが何を食べているか等の研究も進んでいます。カワニナの好物はジャガイモやキャベツ、サツマイモなのです。川の中にいるときは、こんなでんぷん質に富んだものはあまりありませんが、石にへばりついている藻類や、やわらかい水草や落ち葉を食べています。こうして、ホタルを育てることにより、さらにホタルが必要なものが、どんどんわかっていくのです。

甘い水を出す山
 最初に考えたホタルが、無人島で生きるために必要なものですが、無人島でしばらく暮らすには一時的なものでいいかもしれません。でも、ずーっと、半永久的にその場所で暮らしていくためには、1年中エサも水も棲家も重要です。

 大杉谷でホタルがとてもよく観察できるところは、色々な種類の樹がはえている山の近くです。そこでは、もちろん背の高い木から低い木、落葉樹や常緑樹など様々な樹がはえています。ホタルはそんな広葉樹中心の山がお好みです。それは、もちろん美しい水や、エサのカワニナが生息でき、そして、苔がいたるところにつく環境がそろいやすいからなのです。

 有名なホタルの歌で「ホーホーほーたる来い。こっちの水は甘いぞ、あっちの水は苦いぞ」という歌詞があります。広葉樹中心の樹種の多い山から流れてくる水は、何だか甘そうに感じませんか?湧き出ている水を思わず「飲んでみたいな」と思います。でも、暗い手入れされていない植林の山から流れてくる水は、何だか苦そうです。ホタルが生きていく環境を見つけるには、飛んで光るホタルだけを見ていては不可能です。ホタルに必要なつながりをみつけだし、本当に様々なものを総合的に守っていく必要があるのです。


■バックナンバー
大杉谷自然学校の自然プログラム(1)
大杉谷自然学校の自然プログラム(2)
大杉谷自然学校の自然プログラム(3)
大杉谷自然学校の自然プログラム(4)
大杉谷自然学校の自然プログラム(5)

■著者紹介

大西 かおり(おおにし かおり)
三重県多気郡宮川村・大杉谷自然学校代表