− 第3回 − 著者 高田 直樹


人間は自然の一部

 我が日本国は自然が豊かな国だと思います。中近東や中国・ウィグル自治区のような草木のない荒涼とした所から帰って来た時は、特にそう感じます。
 でも、そうした荒れはてた場所もまた、大自然であるのかもしれない。
 いったい自然とはなんなのでしょうか。自然とは国によって異なるし、人によってその認識も異なるのでしょうか。

 ぼくは、人間は自然の一部、自然に組み込まれた存在だと信じています。でも、自然というのは、人間とは別個の存在で、人間に対立する存在だ、という考え方もあると思われます。
 これは、古来いわれて来た、東洋的自然観と西洋的自然観という対立概念で、捉えると分かりやすいのかも知れません。

 東洋的自然観においては、自然は母なる自然であり、我々人間を抱擁し恩恵を与える物として位置づけられます。一方、西洋的自然観では、自然は人間に敵対する物であり、弱点を探るべく探究され、征服隷属されるべき存在です。(一神教の世界には、この傾向が強いと思われます)

美しい山だから登りたい  
 昔、パキスタンのラワルビンディーで出会ったイギリスの登山家、ドン・モーリスとのやり取りは、今も鮮明に憶えています。
 彼は、カラコルム山脈のバインター・ブラックという山から戻って来たところでした。
 ポーターのストライキで、取り付けないまま引き返して来たのです。
 バインター・ブラックというのは、標高7,285mの未踏峰で、別名オーガ(人食い鬼)とも呼ばれる難峰です。

 「あんな醜い山に、ぼくは魅力を感じない。どうして君は二回も来る気になった」
 ぼくの少々からかい半分の問いに、彼は、「お前はどうしてラトック(7,145m)に行く」と聞き返しました。ラトックも、オーガに負けぬ困難で危険な未踏峰でした。
 「オレは、あの山が美しいから行く。美しい山だから登りたいと思う」
 このぼくの答えを聞いた瞬間、彼は激怒しました。ーーーー「なに、美しいからだって」彼は、ガタンと椅子をけって立ちあがり、大声をはりあげ、「美しいもヘチマもない。あの山は傲然と聳えてる。オレに挑戦してる。挑んでいるから、オレは受けて立つんだ」―ーーー

近代登山は、自然科学の出発点
 これは、拙著『続・なんで山登るねん』(“やらさぬブス女”にアタック ラトック峰を巡る運命の皮肉)の一節です。あの時、イギリス人のドン・モーリスは、本当につかみ掛からんばかりの剣幕でした。
 一方、花嫁の峰と呼ばれるチョゴリサ(7,665m)の頂きに達した日本の平井一正さんは、「花嫁は抱くもの」と、頂上を踏まなかったと聞きました。
 ぼくは、ここにもアングロサクソンと東洋人の違いがあるように思ったのです。

 1787年、アルプスの最高峰モンブランの頂上にたどりついたド・ソシュールが初めてしたことといえば、メタ(注:固形燃料)に火をつけ、雪を溶かして湯を作ることでした。
 彼は、高所での水の沸点を測定しようとしたのです。近代登山のスタートは、また自然科学の出発でもあったといえます。

自然は観察の対象であってはならない
 それから二百年あまり、自然科学は定向進化的に発達した結果、その技術は対象であった自然をも破壊するまでになりました。そして、その一部である人間にダメージを与える存在ともなっています。
 日本にアルピニズムと呼ばれる近代登山が輸入される以前、高山に分け入り修行した山岳宗教を奉じる修験者たちは、里に下り衆生に教えを垂れ、加持祈祷を行う人とされました。
 山や自然は、神おわすところであったのです。

 自然を観察の対象としてのみとらえてはいけない。
 そしてまた、本当の自然体験とは、単純な体験の場ではなく、自分がその一部であることを感じ取る、そういう没論理的な時間でなくてはならない。
そんな気がしているのです。



■バックナンバー
もっと外で遊ばなあかん!(1)
もっと外で遊ばなあかん!(2)
もっと外で遊ばなあかん!(3)
もっと外で遊ばなあかん!(終)

■著者紹介

高田 直樹(たかだ なおき)
1936年京都生まれ。京都府立大学卒。同大学山岳部OB。
国際登山家。教育評論家。
大学卒業後、京都府立高等学校で化学の教鞭をとるかたわら、登山や教育についての執筆評論活動を行う。
主な登山活動は、厳冬期剣岳東大谷G1初登攀、積雪期前穂高岳屏風岩第1ルンゼ第2登など。
また、海外ではカラコルム、ネパール、旧ソ連コーカサス、中国など各地の未踏峰へ、隊長として数多くの登山隊の指揮をとる。中でも1979年のカラコルム、ラトックI峰(7,145m)の初登頂は世界的に知られている。
一方で、パソコンのデーターベース処理・開発の専門家としても著名。

現在、龍谷大学非常勤講師(教育情報処理)。
株式会社クリエイトジャパン取締役、Ez-Comsite France 社外取締役、
株式会社イージー・コムサイト 取締役。

著書
自伝的登山論『なんで山登るねん(正・続・続々)』(山と溪谷社)
体験的教育論 『いやいやまあまあ』(ミネルヴァ書房)
『入門 TURBO PASCAL プログラミング』(ソフトバンク社)
『dBaseIII PLUS ガイド』(ソフトバンク社)
『FRAMEWORKガイド』(ソフトバンク社)
『FRAMEWORKII EZ ガイド』(ソフトバンク社) など。

専門誌・雑誌他
1981年7月〜9月京都新聞夕刊小説欄に92回の自伝的教育論『いやいやまあまあ』を連載。
1985年12月、NEC98ラップトップ機をネパール山中で初試用。『日経パソコン』誌の取材を受ける。ソフトバンク社『Oh!PC』1985年1月号特集・ボクの夢のパソコンに『ワープロが作家になる日』を執筆。1991年1月よりソフトバンク社『Oh! PC』誌上にエッセイ『パソコンおりおり草』を28回に亘り連載。
その他、山と溪谷社出版物各誌、朝日新聞出版物など各紙誌に執筆評論多数。