第3回 『ターゲットはインバウンド』 著者 安藤 伸彌(安藤百福センター事務局)


 前置きが長くなったが、こうして巡り合ったJAPAN TRAIL構想。日本ロングトレイル協会関係者などに打診してみたところ、反対は出ず、むしろ歓迎されたという。ただ、こういった話は総論として賛成でも、具体化したところで反対や異論が出てくることも多いものだ。
 まず、ターゲットをどこに設定するか。「誰もが」「多くの人々が」歩くに越したことはないものの、それでは効果的なマーケティングが行えない。少なくともコア層を想定し、そこに向けて戦略的にサービスを提供していく必要がある。
 この構想に関して言えば、もちろん日本人にも歩いてほしいが、長期休暇の取りやすいインバウンド層、中でもアドベンチャーツーリズム/アドベンチャートラベル(以下、AT)のユーザーがコアターゲットになると考えた。彼らの多くはハイカーであり、日本のことをより深く知りたいというニーズがある。
 「アドベンチャー」というと、道なき道を進んだり、命の危険と隣合わせの挑戦を行うようなイメージがあるかもしれない。しかし、ATは「アクティビティ」「自然」「異文化体験」の3つの要素のうち2つ以上で構成される旅行形態とされ(世界最大のAT関連機関、Adventure Travel Trade Associationによる定義)、かなり広い意味で捉えられている。また、AT市場のニーズもハード・アドベンチャーからソフト・アドベンチャーへと変化してきており、特に人気なのがハイキングやバックパッキング、トレッキングなのだ。

AT市場におけるアクティビティ・ニーズの変化
※BackpackingはTrekkingとCampingを併せた活動
出典:ATTA – “Consumer Research Perspectives: Tomorrow’s Adventure Traveler” ATWS 2017

 ATは欧米豪を中心に拡大しており、その土地ならではのユニークな体験、自己変革、健康、挑戦、文化や自然に対してローインパクトといった体験価値を提唱している。サステナビリティ(持続可能性)※や旅行を通じた地域貢献を重視する層からも支持されており、まさにJAPAN TRAILにふさわしいと言えるだろう(実際、北米を中心としたAT市場のイベント「Adventure ELEVATE 2020」〈オンライン〉において、日本ブースを訪れた来訪者に実施したアンケートでは、日本で体験したいATアクティビティとして「Hiking & Walking(77.5%)」が最も高かったという)。
※ここでいうサステナビリティは、自然環境への配慮など狭義の意味に留まらず、地域経済への還元、地域社会や文化の保全なども含まれる。

 こうしてターゲットを設定したところで、線引きの検討に入った。加盟トレイルを経由しつつ、AT層でも満足できるよう、日本を代表する山域や景勝地をできるだけ通そうとすると一本線では足りず、原案は二本線となった。そして、2018年2月24日開催の「第5回ロングトレイルシンポジウム」で初めて公になったのである。



■バックナンバー
JAPAN TRAILが生まれるまで(1)
JAPAN TRAILが生まれるまで(2)
JAPAN TRAILが生まれるまで(3)

■著者紹介

安藤 伸彌(あんどう のぶや)
1973年、東京都多摩市生まれ。自然体験活動推進協議会(CONE)事務局を経て、2015年より安藤百福センター勤務(日本ロングトレイル協会事務局も兼務)。日本山岳ガイド協会認定自然ガイド。近年は浅間山や高峰山などの古道(信仰の道)の復活に尽力している。