- 第1回 - 著者 広瀬 敏通


自然へのいざない
 沖縄でうりずん(若夏)と呼ぶ初夏の日差しが日本列島を北上し、窓の外には眼に染みとおるような柔らかい緑がいっせいに芽吹き、空には薫風がやさしく吹き渡っている。
 この季節には、日ごろアウトドアに縁のない人も気持ちが落ち着かない。現に、休日ともなれば郊外に出かける行楽の人並みがニュースになっている。
 春は生き物の再生の季節。日が延びることで脳下垂体が刺激され、恋心がうずくらしい。小鳥も虫も普段の警戒心そっちのけで繁殖に余念がない。こんな季節にはコンクリートの仕事部屋にこもってきた我が身がかわいそうになり、あるいは日焼けもせずにゲーム機に向かっている我が子が哀れになって、人は外に出る。心地よい風を胸にスーっと入れると、身にまとっていた『殻』がパカっと落ちたように感じる。

 自然に惹かれる心は洋の東西、文化の度合いに関わりなく共通するものだ。私が暮らしてきた南インドの寒村やタイの東部では、日本人から見ればアウトドアのベースのような土地でも村人は滝や岩山への『ピクニック』に出かける日を指折り数えて楽しみにしていた。
 おそらく、古い時代から変わることなく続けられてきた自然に抱かれて遊ぶ楽しみ方は、時に宗教行事となり、あるいは人間形成の場としても利用されてきた。人々がみじかに自然を感じ続けていれば、自然学校は存在する必要もなかったかもしれない。
 ところが今日、日本のみならず、世界各地で自然学校の需要は驚異的に伸び、広がっている。これは各種の調査でも明らかになっている。言い換えれば、21世紀初頭の人類は自然との接し方において危機的であることを表わしているのではないか。

 自然学校は今日の社会が構造的にもっている欠陥のひとつを補完する役割を果たしているようだ。
 これからこのページを借りて、自然学校の現場を紹介しながら、人間と自然のかかわりについて考えていきたい。



■バックナンバー
自然学校の現場から(1)
自然学校の現場から(2)

■関連情報
ホールアース自然学校

■著者紹介
広瀬 敏通(ひろせ としみち)
1950年生まれ。ホールアース自然学校 代表。
1982年に「ホールアース自然学校」を設立し運営にたずさわる。自然学校と自然体験教育の分野では草分け的存在の一人で、国内外で探検、自然調査活動などを幅広く行っている。
同校は国内では有数の自然学校で、年間に学校や企業などから6万人以上が研修を受けている。
(社)日本環境教育フォーラム常務理事、自然体験活動推進協議会理事上級トレーナー、環境省・田貫湖ふれあい自然塾塾頭など。
著書に「子供に伝える野外生活術」「自然語で話そう」、共著「日本型環境教育の提案」など。