第3回 「さっぽろラウンドウォークの誕生」著者 木村 宏


 「観光」という言葉でイメージされるのは何であろうか。風光明媚な景勝地を巡る、文化遺産を訪ねる、あるいはリゾート地に滞在するなど居住場所を離れて出かける行為を思い浮かべるかもしれない。広辞苑では「他の土地を視察すること。また、その風光などを見物すること。観風。」と解説される。他の土地、という意味では、人口が集中する都市も観光目的地になるのである。北海道を代表する都市といえば札幌市であり、人口規模も約198万人でおおむね栃木県・群馬県・岡山県の人口に匹敵する北国の大都会だ。札幌市といえば時計台や大通公園、旧道庁赤レンガ庁舎、1970年に開催された冬季オリンピック関連施設などが主な訪問先で、それにもまして旅行者の目的は道内各地でとれた海鮮料理や寿司、ジンギスカン、ラーメンなどの食を求めてやってくる。雪まつりや札幌夏祭りも観光客に人気のイベントである。ところが、札幌市における観光客の平均宿泊数は、「札幌市観光まちづくりプラン2013-2022」によれば、新型コロナウイルス感染拡大前の2018年においては、国内客が1.28泊、訪日外国人が1.33泊と、決して滞在観光地とは言える状況ではない。当然、来道者は札幌以外の都市を目的地としている場合も多く札幌だけが観光地ではないにせよ、ほぼ一泊で先にのべた市内の観光地訪問と、目的の飲食を済ませそそくさと次の目的地に向かっていることが想像される。なぜだろう。旅行者が長く滞在する価値を見出していないのではないか。受け入れ側のプロモーションも定番の飲食、観光施設が中心で、また、単発イベントを連発し瞬間的な入り込み数の増減に一喜一憂しているのではないか。

 ゆっくり滞在する仕掛けが必要だ。ゆっくりとは、長期滞在の意味もあるが、心理的な余裕であるとか、肉体的にもリラックスし滞在できる時間や空間を指し、これを継続して同じ場所で過ごすことの意義を見出すことではないか。
 余談になるが、なぜ札幌が北の大都会になったのかは、開拓の歴史を遡ることでその理由が見えてくる。明治のはじめ北海道開拓が本格化し、松前藩とのつながりが大きかった函館から本拠が札幌に移される。その理由は、街の中心を南北に流れる豊平川の扇状地である石狩平野の広大な平地があり、南西に藻岩、手稲などの山系を従え、他の道内地域に比べれば風雪をしのぎやすい、函館より北に位置し、北海道全体を統治するに適し、樺太へ進出していたソビエト連邦(現ロシア)をけん制する意味でも好立地であったことが挙げられる。開拓使が進出し、農業の近代化に向け北大の前身である札幌農学校が開校し、基幹産業を支える炭鉱の整備や、旭川、帯広といったまちづくり、交通網の整備がすすんでいく。こうした事業の関係者(開拓使)が札幌に集まり、生活の拠点となり、その後の北海道の発展とともに一大都市へ成長してきたのだ。近代に入ってもなお成長を続けてきた札幌市においては、1970年の冬季オリンピック開催以降、まちの緑地化を積極的にすすめている。1999年には、新たな時代に向けて環境保全、防災、景観形成、レクリエーションといったみどりが持つさまざまな機能を十分発揮させ、長期的なみどりの将来像を見据えながらのその保全・創出を進めていくことを目指し「環状グリーンベルト構想」を打ち出した。札幌の市街地を積極的に公園化し、ぐるりと囲んでいこうという構想である。

 ここで本題に戻して、札幌市における観光課題の一つとして挙げられる、滞在日数の伸び悩みの問題を解決する方法として、札幌市が進めている環状グリーンベルト構想のみどりの帯を「歩く」観光客を誘致することで活用できないかと考えた。ぐるりと緑に覆われた公園や緑地帯、河川敷、自然歩道をつなぎ合わせた道を作ることで、新たなコンテンツの造成につながらないか。今まさに健康趣向や蜜を避けた野外活動としてトレッキング、ウォーキングなどが静かなブームでもある。観光客のみならず、札幌市民にもその魅力を発信できないかと考えたのである。そこで、小生の研究者としての立場から、札幌の滞在型観光への移行についての可能性を問題提起し、札幌をぐるりと回る歩く道の整備についての研究をしないかと学生や行政、観光推進団体、歩く活動を普及している団体などへ声をかけた。その結果、30人を超える参加者を得て「札幌市における産学官連携による歩く滞在交流型観光の実装化に関する研究会」が2019年5月に立ち上がった。研究会の一年目は、なぜこの道が必要なのか、この道の果たす役割な何か、その効果とはなにかなどの議論を重ねた。次に目的達成までになすべきことは何か、ルートの名前やだれが主体的に運営を推進していくのかなどの検討、普及、啓発、維持、管理などの方法は、当然資金も必要だなど具体的な検討事項も増えていった。さらにルート設定のための「まずは歩いてみる」活動も始まり、2年目に入ると本格的なルート選定のための調査が始まった。机上で引いたルート案をたどり、実際に歩くのに適しているか、だれが管理している土地なのか、公共交通機関の接続はどうかなど、調査事項は増えるばかりだ。その間、京都一周トレイル、広島湾岸トレイル、信越トレイルなどの先行事例の視察にも赴き先輩たちのアドバイスも受けた。研究会が始まって2年目の終盤におおむねのルートが確定し、「さっぽろラウンドウォーク」と名付けられた。そこで、札幌市の意向なども聞いたうえで(道づくりはまったく雲をつかむような話ではないし、観光振興や市民の健康増進、環境保全、教育的な価値も含め可能性のあるプロジェクトである。との見解であった)、推進組織としてNPO法人の立ち上げが決まり、2020年12月、さっぽろラウンドウォークの運営団体としてNPO法人ウォークラボ札幌が法人認証を受けた。設立メンバーは研究会に積極的に関わってきた15人が発起人として名を連ねた。

 さらに計画は法人の設立とともに進んでいる、2021年に入り、札幌市の関係部局に対し説明会を開き、計画の内容を説明し協力をお願いした。現地調査も2周回目を迎え、道標設置場所の想定やコンビニ、公衆トイレ、飲食店などの便益施設、周辺情報の収集が進んでいる。これから地域住民への説明会の開催や、関係省庁への挨拶、道を通すための打ち合わせ、プロモーションなど取り組むことは少なくない。まだまだ道半ばなのである。
 ここまで読み進んでいただくと、まだ「さっぽろラウンドウォーク」がまだ完成していないことにお気づきだろう。構想から3年目の年度を迎え、ようやくルートの運用開始に向けた調整が始まったばかりなのである。新型コロナウイル感染拡大により、活動も思うように進んでいない現状であるが、着実に歩を進めていることも確かである。札幌市街地をぐるりと回るさっぽろラウンドウォークは全長140㎞、野幌自然公園から白旗山を経由して滝野すずらん公園、真駒内まで進む「自然を楽しむ里山エリア」、藻岩山や三角山などの札幌市民にもおなじみのハイキングコースから札幌の街が一望できる「街を眺める山手エリア」、札幌の開拓の歴史や広大な農地、田んぼ、牧場などを体感できる「歴史と文化の田園エリア」の3つの特徴を持つエリアを抜ける10のセクションからなる。知られざる札幌の魅力を感じることのできる人気の周遊歩道になることを願い、協力者を募りながらの活動が進んでいる。歩くことをきっかけとして札幌に滞在し、140㎞のルート踏破を目指す観光客が増えていくことを期待しさらに活動を加速したい。
https://www.sapporo-rw.com/



■バックナンバー
北海道のアウトドア雑感 1
北海道のアウトドア雑感 2

■著者紹介

木村 宏(きむら ひろし)
東京都生まれ
北海道大学 観光学高等研究センター 教授
信越トレイルクラブ 代表理事、日本ロングトレイル協会 常務理事、日本トレッキング協会 理事
大学卒業後ホテル・リゾート開発会社の勤務を経て、長野県に移住し宿泊施設の経営の後、飯山市の観光推進組織において滞在型の自然体験施設、温浴施設、道の駅、新幹線飯山駅内の観光施設やアクティビティーセンターの立ち上げに関わるなど施設運営や観光まちづくりに取り組む。信越トレイルやみちのく潮風トレイルの立ち上げにも関わり、ロングトレイル、トレッキングの普及活動にも従事する。2016年から現職。