第1回 「アドベンチャーツーリズムのゆくえ」著者 木村 宏


 長野県から北海道に移り住み6年目を迎えた。こんなに長くいるとは正直考えていなかったが、長野県北部の標高1000メートルの高原に家屋を残してきたので、2か月に一回程度は長野の家守に戻る生活が続いている。長野も北海道も自然豊かな人気の観光地だ。どちらも甲乙つけがたい豊かな観光資源に恵まれ、行き来するたびにそれぞれを対比し、新たな発見や感動があり、2つの地域を行き来できることに感謝している。
 生態系や文化の違いはもちろんのこと、里の村に暮らす人々と共生し、まさに人の気配を感じる自然の豊かさをもつ長野県と、時には人を寄せ付けない厳しい自然の摂理と向き合って育まれた開拓の地北海道とは歴然とした違いを感じるが、それぞれ観光客を魅了し、外国人にとっても日本を代表し、人気を分ける観光目的地である。

 さて、この二つのエリアに共通するチャレンジが最近話題になっている。「アドベンチャーツーリズム」(以下AT)である。冒険旅行と直訳もでき、まさにトム・ソーヤの奇想天外な冒険旅行を想起させるものと思いきや、少し趣は違って北海道や長野県の気候風土や幾多の観光資源から展開されるにふさわしい旅行の形態をさしている。
 その推進団体でもあるAT推進協議会によれば、「ATとは旅行者が地域独自の自然や地域のありのまま文化を、地域の方々とともに体験し、旅行者自身の自己変革・成長の実現を目的とする旅行形態です。“アドベンチャー”という言葉から、強度の高いアクティビティを主目的とすると連想されがちですが、アクティビティは地域をより良く知り、地域の方々との深く接する手段の一つであり、近年はハードなものより、むしろ散策や文化体験等のソフトで簡易なものが主流となってきています。」とある。
 また、「キーポイントは「自然に触れる」「文化交流が可能」「フィジカルなアクティビティの提供」のうち、二つ以上の要素を提供する旅行形態であり、その土地ならではのユニークな体験、自己変革、健康、挑戦、文化や自然に対してローインパクトといった体験価値を提唱し、サステイナビリティや旅行を通じた地域貢献を重要視する層からも支持されてる」とATを提唱している。

 北海道はその急先鋒ともいえる存在で、本年(2021年)秋には世界各国の関係者を集めたワールドサミットが北海道を中心に開催される。あいにく新型コロナウイルス感染拡大の影響もあってオンライン開催が決まったが、日本独自のATを世に知らしめる絶好のチャンスである。北海道でいえば、人を寄せ付けないほどの過酷な自然環境下でしか体験できないアクティビティの提供、独自に育まれた文化の紹介や受け継ぐ人たちとの交流などの演出によって旅行者の感動を誘い、旅行者自身の自己改革のきっかけの場や、さらに探求したいという好奇心を誘う経験を提供するチャンスなのだ。

 私はこのATの普及について異を唱えるつもりはないが、若干危惧していることがある。これまで、国の政策や諸外国の事例を参考にして誕生したエコツーリズムや、グリーンツーリズムもそうであるが、なかなかその概念と実態が伴わなかった黎明期においてみられた、受け入れ地域側の理解不足とその実践者不在といった事業展開の二の前を踏んでほしくないということである。
 今でこそ、環境に対する取り組みや、持続可能な社会を目指した活動などが社会生活の中で意識され、また、農山漁村との2地域居住や農村観光の定着など、ライフスタイルの変化がこれらの事業を後押ししてきたことは10年単位の取り組みが故の結果であり、ATの発展的展開が、10年かけて達成すればいいのかといえば、若干置かれた状況が違っていると考えている。
 新型コロナウイルスの感染拡大もワクチン接種の数に比例して終息の光が見えてきたこの期にあって、さらに中国や米国などの宿泊需要の急速な回復傾向を鑑み、また、ATのターゲットでもあるインバウンド客の急速な回復予想を信じれば、来年、お遅くとも2023年には大挙してそのターゲット層が日本に帰ってくる可能性が高いとのである。すなわち、このATの基本におかれる「自然に触れること」「文化交流による地域発展」「フィジカルなアクティビティの実践」といった、受け入れ側の我々日本人がどこまでこれらを実践(ライフスタイルとして確立)しているのか、エンターティナーとしての対応がどのように可能なのか。

 AT顧客層は、高学歴、高所得の欧米系の旅行者が多いとAT協議会が分析しているが、果たしてこれらAT顧客層を満足させるスキルを持ったガイドや地域住民がどれだけいるのか、そして必要なのか、この問題こそ日本国内においてAT普及のカギを握る重要なファクターではないか。ここ数年、若者の移住者による小さな町での取り組みや、アウトドアアクティビティー、農作物、ワインづくりなどを生活の核にすえたライフスタイルの確立を夢見た若者の移住が目立つようになってきた北海道であるが、これら若い人たちの生活を応援しながらATの聖地を念頭に「北海道力」が発揮されることに期待したい。



■バックナンバー
北海道のアウトドア雑感 1

■著者紹介

木村 宏(きむら ひろし)
東京都生まれ
北海道大学 観光学高等研究センター 教授
信越トレイルクラブ 代表理事、日本ロングトレイル協会 常務理事、日本トレッキング協会 理事
大学卒業後ホテル・リゾート開発会社の勤務を経て、長野県に移住し宿泊施設の経営の後、飯山市の観光推進組織において滞在型の自然体験施設、温浴施設、道の駅、新幹線飯山駅内の観光施設やアクティビティーセンターの立ち上げに関わるなど施設運営や観光まちづくりに取り組む。信越トレイルやみちのく潮風トレイルの立ち上げにも関わり、ロングトレイル、トレッキングの普及活動にも従事する。2016年から現職。