
神奈川県横浜市と言えば、市区町村としては最多の約380万の人口を抱える、日本屈指の大都市です。歴史ある港湾都市として発展し、市内はどこも建物で埋め尽くされている……と思われがちですが、実は少し郊外に足を延ばすと、いまでも田畑のある風景が残されています。
横浜市立いずみ野小学校がある泉区も、マンションや住宅が立ち並ぶ先には、代々続く農家が野菜や米を育てる農地が広がっています。子どもたちによる野菜づくりは10年以上、米づくりは40年以上に及び、その活動は、地域の人々によって支えられてきました。
子どもたち自身が主体的に関わりながら、地域に根差した活動を継続している点が評価され、2022年度の「トム・ソーヤースクール企画コンテスト」(現・安藤財団 自然体験企画コンテスト)で学校部門の優秀賞に選ばれています。
横浜市立いずみ野小学校の創立は2024年4月。もともと同じ名称の小学校でしたが、隣の瀬谷区にあった阿久和小学校と統合して、新たな小学校として誕生しました。野菜づくりや米づくりを通した地産地消プロジェクトは、旧いずみ野小学校から続く大切な伝統です。
学校としてはまだ新しいものの、校舎は、1978年開校の旧いずみ野小学校がそのまま使われている。児童数は約360人。校長室の前には、歴代の稲わらが。
小学5年生の社会科では、稲作を学ぶことになっています。ただ、都市部の学校では田んぼで行うのは難しく、多くの場合はバケツを使って稲を育てます。いずみ野小学校でも当初はそうしていましたが、それを知った地元の農家の方からこんな提案がありました。
「『この地域は自然豊かで田畑もたくさんあるんだから、ぜひ使ってよ』と。地域の方々にも賛成していただき、学校と地域をつなぐコーディネーターさんにも手伝っていただいて、すべてはそこからスタートした……という話が、この学校では連綿と語り継がれているんです」
そう話すのは、2020年から校長を務める齋藤敦子さん。「田んぼや畑を提供してくれる農家の方々や、ボランティアとして手伝ってくれる保護者や地域の方々なくしては、この活動がこれほど長く続くことはなかったと思います」。そう言って、地域への感謝の言葉を繰り返します。
統合以前のいずみ野小学校では、およそ300平方メートルの畑と、1000平方メートルもの田んぼを地域の農家から借り受けていました。「究極の地産地消」と銘打ち、収穫量が1トンにもなるサツマイモ、300キロ近くの米(もち米)、さまざまな季節の野菜をここで育てていたのです。
サツマイモづくりは、1年生から3年生までが担当。学年を超えた縦割り班に分かれ、活動の中心は2年生です。苗植えから雑草抜き、養分をイモの部分に集中させるためのつる返し・つる切りといった作業、そして、お楽しみの収穫までを行います。
4・5・6年生はもち米づくり。籾まきに始まり、代かきや畦づくりといった田んぼの整備、苗取りをしてからの田植え、稲刈り・脱穀・選別、さらには籾すり・精米まで一連の作業を体験します。その後は校内で餅つき大会を開催し、地域の人々にもふるまっていました。
サツマイモづくりと米づくりは授業(生活科および総合的な学習の時間)で行われる。サツマイモの収穫量が多い年は、全校児童に配られることもあるという。
さらに、4〜6年生の有志が集う「学び隊」が課外活動として行っていたのが野菜づくりです。夏はトマトにナスにピーマン、冬には白菜や大根、ほうれん草……。収穫された野菜は給食にも頻繁に登場し、地域の夏祭りで販売することもあったそうです。
活動の大きな目的は、作物を育てることの良さを知り、自然と関わることの大変さや喜び、生命の尊さを感じること。加えて、自分たちの作ったものが人を幸せにする、人と人・ものとものがつながって社会は成り立っている、といったSDGsの視点を育むことも目指していると言います。
当然、日々の管理や雑草刈りなど子どもたちだけでは行き届かない部分も多く、農家をはじめとする地域の人々の協力なくしては成り立たない活動です。ただ、そのことがむしろ学校と地域を強く結びつけ、子どもたちの地元への愛着を育むことにもつながりました。
しかしながら、学校の統合という大きな節目を迎え、同じ規模で活動を継続することは難しくなりました。それでも、学校側だけでなく、子どもたちも、そして地域の人々にも、「続けたい」という思いが強かったと齋藤さんは言います。
そこで、田畑の面積を縮小して、学校の伝統であるサツマイモづくりと米づくりは“死守”することに。より「学習につなげる」ことを重視した内容へと変更を加えて、1・2年生でのサツマイモづくり、5年生での米づくり(うるち米)が続けられています。
「もっと多くの人に食べてもらいたい」という思いから、2024年度からは、米粉にして料理やお菓子などにも使えるうるち米を育てることに。子どもたち自身が調べてアイデアを出したという。
「この活動は、子どもたちが食に関心を持ったり、人に感謝したり、お米や野菜ができるまでの過程や苦労を学んだりするための貴重な機会です。だからこそ、より主体的に学習してほしい。そういう願いを持った上での変化でもありました」と齋藤さんは説明します。
たとえば籾まきに使う種籾や苗取りをするための苗床の用意など、以前は農家の人が“お膳立て”してくれていた部分も多かったのだと言います。それを、まず出前授業などで米づくりに必要な作業を学び、その上で子どもたちから農家に依頼する、という流れに変えたのです。
あらかじめ用意された作業をただ体験するのではなく、自分たちから動いて体験そのものを生み出していく。それにより子どもたちは、自分たちが学んだこと・やってきたことを「発表したい」という思いをこれまで以上に強く持つようになった──齋藤さんはそう言います。
田畑を提供してくれる農家のほかにも、活動に賛同する多くの保護者や地域の人々がボランティアとして協力してくれることで、長年の活動は支えられている。
それとともに、自分たちだけでは活動できないことを知り、いかに助けられているか、そして、助けてくれる人々の思いにも至ります。齋藤さんによれば、子どもたちに学校の良いところを尋ねると、「地域の人々が助けてくれるところ」という答えが返ってくるのだそうです。
「いずみ野小の子どもたちは、とにかく優しいんです。上級生が下級生を助けるのは当たり前で、それはきっと、ふだん自分たちが地域の人々に助けられていることをよく理解しているからではないでしょうか。その意味で、これは『心が育つ活動』なのだと思っています」
長年にわたり米・野菜づくりを続けてきたことを背景に、いずみ野小学校では食育にも力を入れています。プロの料理人たちが地元の食材を使って献立を考案する「スーパー給食」の活動にも参加し、子どもたちが育てた米・野菜も食材に使われているそうです。
横浜という大都会で子どもたちが米や野菜を作る取り組みはさまざまなところから注目され、最近では大学の地域研究などで取り上げられることも。学校では、地元の飲食店に食材として提供するなど、より地域との関係性を深めながら活動を継続する考えです。
「40年以上も続いている最大の要因は、子どもたち自身が望んだから、だと思うんです。私たち職員も『子どもたちが輝く活動は継続したい』という思いを常に持っていますので、この先も子どもたち自身がどんどんアイデアを広げて、この活動が続くことを願っています」
いま、かつての卒業生が保護者となり、ボランティアとして参加してくれているそうです。大都会の小学校での農業体験活動は、こうして今後も末永く受け継がれていくのでしょう。
横浜市立いずみ野小学校 校長 齋藤敦子さん
子どもたちの安全を最優先にしながら、自然の中で主体的に学びや気づきが生まれるよう、目的を明確にした体験活動を計画し、無理のない運営体制を整えることを大切にしています。
自然環境への理解と安全管理を基盤に、十分な事前準備とリスク確認を行い、子どもたちの思いを第一にし、指導者間で目的や役割、緊急対応を共有しながら、安心して自然と関わる体験を支える運営を行うことと考えます。
子どもたちが自然の魅力を実感できる体験を大切にするとともに、地域や関係団体との連携を深め、さらに次世代の指導者を育成していくことが、自然体験活動を継続していくために重要だと考えています。
・「食育実践推進校 実践事例集」横浜市
・「地域の農業とつながる、確かな未来づくり いずみ野小学校の「食育」」森ノオト
・「これならできる消費者教育」文部科学省
・「都市と農の共生事例」財団法人都市の内活用支援センター

静岡県出身。2020年4月、旧・横浜市立いずみ野小学校の校長に就任し、統合後の新たな小学校でも校長を務める。
※2022年度の実施内容
【活動のタイトル】いずみ野小地産地消プロジェクト
【活動の目的】
・自分たちの作ったもので人が喜んでくれるということを体験する。
・人と人、ものとものが繋がって社会が成り立っていることを体験する。
・コロナ禍で希薄になりつつある地域と学校のつながりを改めて感じる。
・自然と関わることの大変さと喜びを知る。
・生命の尊さを感じる。
【主な活動場所】
・いずみ野小学校近くの、地域の方から借りている畑(広さ約0.6aと約2.5a)
・いずみ野小学校近くの、地域の方から借りている田んぼ(広さ約10a)
・いずみ野小学校内
【主な活動内容】
●作物を育てる(もち米、さつまいも、季節の野菜)
・育て方を調べる(地域の方に取材・本やインターネットを使って)
・種まき
・作物の成長を促すための活動をする(水やり、雑草の処理、肥料、害虫駆除、摘芯)
・収穫
(米作り)しろかき・もみまき・苗植え・田植え・稲刈り・脱穀・もみすり・精米
(さつまいも作り)苗植え・つる返し・いもほり
●作物を活用する
・作物を使ったレシピを考える
・作物が給食に出る
・糸をつむいだり、綿にしたりする
・作品を作って、校内に展示、配付する。また、地域の介護施設や病院等に寄贈する
●活動を拡げる
・学校の内外で広報活動を行い、新たな伝統となるように活動を積み重ねる
・地域の方に寄付することで、いずみ野のまちのつながりを感じる(ぬか、つるのリース、野菜、綿花で作成したものなど)
【活動の特徴】
・キャッチフレーズ「究極の地産地消いずみ野小」。地元農家の協力による本物の田・畑を使っての生産活動
・もち米は前年のもみを使っているため、完全な「いずみ野米」(10年に1度、種を買い、入れ替える)
・もち米作りは41年続いているいずみ野小の伝統
・季節の野菜として、トマト、ナス、きゅうり、ピーマン、白菜、大根、サラダほうれん草などを育てる
・野菜づくりは10年続く活動。学校給食の食材としても使われている。横浜市役所内にある食堂とのコラボや、地域のタウンニュース、ケーブルテレビ等にも紹介されている活動である
・作物の栽培を通して、改めて生産活動の良さに子どもたちが気付き、自然と関わることの大変さと喜びを知ったり、生命の尊さを感じたりしてほしいという願いから活動を行っている
・自分たちの作ったものが人を幸せにすることができるというSDGsの視点をもつことや、人と人、ものとものが繋がって社会が成り立っていることを体験してもらいたいと考えている
【参加者】
・もち米作り:4年生~6年生の全員(約150人)、地域の方々、保護者
・さつまいも作り:1年生~3年生の全員(約150人)、地域の方々、保護者
・野菜作り:小学校4〜6年の有志児童(約40人)、地域の方々
【装備】
・肥料・支柱・草刈り鎌・リヤカー・麻ひも・防鳥ネット
・農薬・マルチ・スコップ・トラクター・種・軽トラック
・長靴・軍手・水やり入れ物・帽子・タオル・長そで・長ズボン
〒245-0016 神奈川県横浜市泉区和泉町6211
https://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/es/izumino/
写真提供/横浜市立いずみ野小学校
撮影/松田麻樹
取材・構成/土居悦子
参加者の募集は、子どもたち自身が活動した過程や成果物(野菜、米など)を写真やポスターセッション、校内放送、募集要項を作成しウェブで発信したり、紙ベースで全校に配付したりした。活動の発信や広報はまちのお店とコラボして商品化、自治会で回覧してもらう、お世話になった地域の方を招いておにぎりにして感謝の気持ちを伝える。子ども食堂に寄付するなど。
安全管理を大切に考えながら、無理のない形で活動を始め、自然の魅力を参加者とともに感じる事を大切にしてほしいと思います。また、地域の方々や経験のある指導者と協力しながら活動を続けていくことで、自然体験の輪が広がっていくと考えます。学校であれば、地域コーディネーターの人脈をお借りして、指導者や協力者を募ることもできます。目的は子どもたちの幸せを願うことをかかわってくださる方々と共有できることも大切にしたいです。
