
富山県の南西部、1000メートルを超す山々が連なる急峻な谷あいに、南砺市利賀村はあります。町村合併により自治体ではなくなりましたが、地名には「村」がそのまま残されました。現在の人口は400人ほど。南北に2つの川が流れ、面積のおよそ8割が森林です。
この小さな山里で、「森と水と人の繋がり」をテーマにした自然体験活動が行われています。参加するのは、この地域に生まれ育った子どもと、山村留学でやって来た子どもたち。人と自然との共生を学ぶだけでなく、人と人、都市と山村の結びつきを育む場にもなっています。
土地の環境や生活文化を生かした豊富な自然体験を展開し、また、子どもたちが主体性をもって実践的に取り組んでいる姿が評価され、2022年度の「トム・ソーヤースクール企画コンテスト」(現・安藤財団 自然体験企画コンテスト)で一般部門の優秀賞に選ばれました。
山村留学とは、都市部の小中学生が自然あふれる農山漁村地域に1年単位で移り住み、地域の学校に通いながら、さまざまな体験を積む活動です。公益財団法人育てる会が1976年に長野県八坂村(現・大町市)で立ち上げ、いまでは全国の市町村で毎年600人ほどが留学しています。
利賀村が山村留学の取り組みを始めた背景には、過疎化という課題がありました。地域を活性化させる策のひとつとして山村留学に注目し、育てる会の指導のもと数年がかりの検証と準備を重ねて、2021年、南砺市を事業主体とする「南砺利賀みらい留学」がスタートしたのです。
実は利賀村では20年以上前から、東京都に住む子どもたちが一定期間だけ村を訪れ、稲刈りや林業などを体験する「セカンドスクール」という取り組みを行っていました。そのため、山村留学に対する地域の人々の理解や受け入れも比較的スムーズだったと言います。
その一方で、ある懸念がありました。それは、地元の子どもたちには自然体験をする機会がない、ということ。清らかな川と豊かな森が暮らしのすぐそばにあるこの地でも、近年、子どもたちが日常的に自然の中で遊んだり、農作業を手伝ったりすることは少なくなっているのです。
山村留学でやって来る都会の子どもだけでなく、ここ利賀村の子どもたちにも同じように自然と触れあう場を提供してあげたい──こうした思いから、留学生と地元の子どもがともに活動する体験プログラムは始まりました。
南砺利賀みらい留学の留学生は毎年10〜15人ほど。かつての小学校校舎を改修した留学センターでの集団生活を月に20日間、残りの10日間は地域の協力家庭でホームステイをしながら、地元の小中学校に通います。そして、自分たちが食べる米や野菜を田畑で育て、休日にはキャンプや登山、スキーなどのアクティビティも体験。
さらに、伝統的な祭りや舞踊、昔から続く手仕事や食文化を地域の人々から教わるなどして、この地に深く関わっていくのです。こうした活動の中に、地元の子どもたちも参加できる体験プログラムを設け、利賀村地域だけでなく南砺市全体から参加者を募っています。
4月下旬になっても雪深い利賀村。まずは椎茸の種菌を原木に植え付ける。春になれば、森の恵みである山菜採りへ。
「いまの親世代は、自分たちも農業の経験がない場合が多く、『子どもたちには自然体験をさせたい』という思いが強くありました。一方で、担い手が減っていく農業の技術をどう伝えていくか、という危機感が農家の方々にはあり、地元の子どもが参加できる活動は歓迎されました。子どもたちは、純粋に一緒に楽しめることを喜んでいますね」
そう話すのは、山村留学を運営するNPO法人利賀山川まもるの須河紗也子さん。子どもたちにとって貴重な体験となっているのはもちろんのこと、大人たちにも自然体験への理解が広がり、利賀村の新たな可能性を発見し、その魅力に改めて気づく機会になっていると説明します。
特に参加者が多いのが4泊5日の「通学合宿」。地元の子も留学センターで寝泊まりして学校に通い、週末はキャンプへ。朝から夜まで一緒に過ごせるうえ、短期間で非日常を味わえることから、利賀村の小中学生のほぼ全員(20数人)が集まることもあるほどの人気だそうです。
背後の山々を源流とする川がすぐそばを流れ、イワナやニジマスを釣り上げる。さらに川を遡上して、源流の沢に分け入ることも。
「自然体験だけでなく文化を通じた学びも山村留学の大きな柱なので、そうした活動にも地域の子どもたちは参加するのですが、利賀村の子は祭りや踊りへの意識が高く、ちょっとした所作や雰囲気が全然違います。日常的な自然体験は少なくなっていても、伝統文化はしっかりと染み付いている。それが利賀村の大きな特徴だと感じています」
育てる会から派遣された主任指導員として留学生と日々をともにし、体験プログラムの指導もする邑上貴厚さんは、そう話します。「ここでは生活の中に当たり前のように伝統文化があり、大人も子どもも憧れを抱いている。だからこそ、直接体験することの意義は大きいと思います」
五箇山の伝統的な豆腐づくりは、石臼で豆を挽くところから体験。地域の人々から教わりながら、手仕事の意味や地域に根づく文化を学んでいく。
地元の子どもと一緒に体験することで留学生はより深く文化や習慣を学ぶことができ、また、お互いへの理解や絆を深めることにもつながります。都会と田舎という異なる文化で生まれ育った子どもたちの交流そのものが、価値ある体験となっているのです。
なかには参加者が少ないプログラムもあるそうで、「いろいろ工夫したい」と話す邑上さん。とはいえ、ただ楽しいとアピールするのではなく、覚悟をもって参加するよう伝えているそうです。その上で、「指導員自身が楽しむことで、子どもたちにもその楽しさを感じてもらいたいですね」。
安全管理は自然体験活動の大きな課題ですが、須河さんは「ケガを恐れるあまり活動が制限されてしまわないよう、子どもたちの自主性を尊重したい」とも話します。保護者が活動内容を十分に理解できないケースもあり、丁寧な説明や調整の重要性を感じているそうです。
左/NPO法人利賀山川まもるの須河紗也子さん。埼玉県出身。たまたま訪れた利賀村に惚れ込んで、何度も通いつめたのち、移住。現在は南砺市の観光振興活動などにも携わる。右/公益財団法人育てる会・主任指導員の邑上貴厚さん。神奈川県出身で、かつて山村留学生。各地で指導員をしたのち、責任者として利賀村に来て5年。この土地と人々がすっかり気に入っているという。
都会の子どもに自然と触れあう場を提供する山村留学。その枠組みを生かすことで、地域の子どもたちにも自然体験の機会を広く提供できる──特に子どもの数が少ない利賀村のような地域では、長く継続できる活動にする観点からも大きなメリットがあります。
「いまの社会では、田舎に暮らす子どもにこそ自然体験が必要です。人口減少で遊び相手は少なく、車社会のため自然と接する機会も減っているからです。この活動の根底にあるのは『自然があるから、私たちの社会は成り立っている』という理解です。森や川での体験は、助け合いや役割分担を学び、自然や食べ物を大切にする心を育てます」
そう話すのは、山村留学人づくりの里運営協議会・代表の山本光則さんです。およそ半世紀にわたって山村留学と自然体験活動に取り組み、「南砺利賀みらい留学」には企画当初から携わって、実際に利賀村に移り住んでその立ち上げに尽力しました。
山本さんによれば、利賀村は地域全体で子どもたちを守る意識が強く、「いま、日本でいちばん山村留学への理解がある地域」。もともと外からやって来る人に対してオープンで、近年では若い移住者も増えて、「限界集落なのに活気がある」と説明されることもあるほどです。
人と自然だけでなく、人と人、人と地域をつなぐ利賀村の取り組みは、子どもたちのふるさとへの愛着を育むだけでなく、地域に新たな可能性をもたらしています。過疎化が進む地域に明るい未来をつくる道筋となるのかもしれません。
山村留学人づくりの里運営協議会 代表 山本光則さん
自然と対峙し暮らしてきた生活文化をプログラムの中に取り入れること
スタッフの養成と活動地域で暮らしている方々の協力者を得ること
同じ季節で同じ場所であっても参加者がスキルアップをはかることができるプログラムの提供及びプログラム作りに参画してもらうこと
「自然体験活動指導者:安全管理ハンドブック」CONE自然体験活動推進協議会が発行している
※2022年度の実施内容
【活動のタイトル】源流の山里の暮らしから森と水と人の繋がりを学ぶ
【活動の目的】
人類は長い歳月、自然を慈しみ守りながら活用し、助け合って暮らしてきたが、概ね200年前に第一次産業革命、そして100年前には第二次産業革命、さらには昨今の第三次産業革命により、人類の生活に大きな変革をもたらした。これによって利便性や贅沢を追求した、あり余るモノに溢れた都市化社会を生み出し、人類にとって便利な暮らしをもたらした。しかし、その一方で、環境破壊や希薄な人間関係、格差社会を生み出し、諸問題が山積している。そこで、人と自然、人と人、都市と山村の繋がりを青少年が体験を通して学ぶために、私たちの命を育む水源の村で「森と水と人の繋がり」をテーマとした体験活動を企てた次第である。
【主な活動場所】
・南砺利賀みらい留学センター(富山県南砺市)、利賀村坂上地区・百瀬地区
・利賀ふるさとの森、ロンレイの森、庄川水系利賀川、神通川水系百瀬川 など
【主な活動内容】
・春から秋まで米や野菜を栽培し、食を通して自然と人の繋がりを学ぶ……コメ、ジャガイモ、トマト、ナス、ピーマン、サツマイモ、ソバ、カブ等
・森が育んだ湧き水や清流を活用した生活を学ぶ……イワナ・ニジマスの養殖、釣り、豆腐作り、味噌、蕎麦作り
・森や水辺の自然の食材を活用した昔から伝わる食文化を学ぶ……4月~10月の里山や水辺で山菜や木の実を採り保存していただく
・源流の森での野営体験や源流の遡上を通して環境保全について学ぶ……灯りがない森の自炊野営キャンプ、川の源流を遡上し稜線をめざす
・伝統の技を持つ古老の方々から源流の村の伝統文化を学ぶ……山菜料理、保存食、釣り、豆腐作り等の名人に教えていただく
【活動の特徴】
・4月~10月まで田んぼや畑で米や野菜を栽培し、食から自然と人の繋がりを体験する
・農作業等ではなるべく昔の道具を使用し先人の生活と現代の生活を振り返る
・森が育んだ清流、 湧き水で魚を養殖し、また、魚を釣り、蕎麦づくり等も行う
・豊かな山菜等を採取していただき、加工し、昔から伝わる食について学ぶ
・秀でた技を持つ方々から学ぶ
・森と清流にふれ、自然に優しいキャンプや活動に取り組む
・食を通して贅沢を追求する都市化社会をみつめ、未来の生き方を考える
【参加者】
・利賀村の小学生:15人(うち山村留学生7人)
・利賀村の中学生:12人(うち山村留学生6人)
・南砺市内の小学生:数人
【装備】
・農作業:鍬、シャベル、マルチ、苗、肥料、支柱、耕運機、稲架棒、鎌、古い手動農具等
・清流の活動:ヘルメット、ライフジャケット、釣竿、浮き具、救命ロープ、いけす、稚魚
〒939-2516 富山県南砺市利賀村坂上18
https://nanto-toga.com/
https://www.instagram.com/nanto.toga.mirai/
写真提供/南砺利賀みらい留学センター
撮影/中西 優
取材・構成/土居悦子
SNSによる情報受発信に力を入れている
どのような地域でどのような自然体験をしたいか検討し、大まかな方向性が決まったらその方向性に類似する活動にボランティア等で参加し、数年間の準備期間を持って取り組んでほしい。自然体験活動の推進に実績のある専門知識、経験のある方を講師として招き研修することも有意義であると思う
