
静岡県・浜名湖の東側に張り出した庄内半島の中央部に、浜松市立の小中一貫校である庄内学園はあります。1〜4学年を初等部、5・6学年を中等部、7〜9学年を高等部とし、9年間での連続性のあるキャリア教育に力を入れています。
その高等部(中学1〜3年)の「総合的な学習の時間」で行われている探究活動が「庄内未来研究所」です。20年後の未来を見据え、生徒ひとりひとりが興味・関心のあることについて主体的に学び、行動し、より専門的な知識を得ることにつなげています。
地域と連携して貴重な学びの場を作り、地域社会の一員としての意識や郷土愛を育む点などが高く評価され、2024年度の「トム・ソーヤースクール企画コンテスト」(現・安藤財団 自然体験企画コンテスト)で学校部門の最優秀賞である文部科学大臣賞に輝きました。
「庄内未来研究所」は、当時の生徒会から学校側に寄せられた、ある思いから始まりました。それは、「学校の中で、この地域についてもっと考えられる時間を作れないか」というもの。
浜名湖はウナギの養殖が盛んなことで知られ、水上スポーツや釣りなどレジャースポットとしても高い人気を誇る、有数の観光地。しかしながら、少子高齢化による人口減少などの課題にも直面しているのが、この地域の現状でもあります。
そのことに、子どもたちなりに危機感を抱いているのではないか──総合的な学習の時間の担当教諭として、生徒たちとの話し合いを重ね、立ち上げ時からこの活動をとりまとめてきた池野由穂さんはそう話します。
生徒会の熱い思いを受け、以前は防災教育を行っていた高等部の総合の時間を、2023年度からは地域活性化に取り組む活動にあてることにしました。「庄内未来研究所」と名付けられたこの活動は、今後20年にわたり続けられたのち、20年後からはその検証を行う予定です。
研究所には9つの「課」が設けられ、高等部の生徒は全員、どこかに所属します。研究所には「所長」、各課には「課長」がいて、いずれも生徒がその役割を担っています。こうした組織構成やネーミング、それぞれの活動内容なども、生徒たちから出されたキーワードやアイデアがもとになっていると言います。
庄内未来研究所には次のような大テーマが掲げられています──「庄内地区を、20年後も元気な地域にしよう!〜中学生の私たちに今できることはなんだろう〜」。このテーマのもとに、各課で年度ごとのテーマを設定し、さらに個々のテーマを見つけて、年間を通した活動を行います。
たとえば防災課は、学校が避難所になった場合の受け入れ人数を想定して運営体制を検討したり、浜名湖課なら、アサリ減少の要因と言われるクロダイを釣っておいしく食べられる料理を考えたり、花とみどり課であれば、かつて栽培されていた「庄内白菜」の自分たちの手で復活させることを目指したり。それぞれの視点から地域の課題に向き合う活動が行われているのが特徴です。
図書室が主な活動拠点の「歴史課」。各自が自分のテーマに沿って調べ物をする。一方その頃、「浜名湖課」のとあるチームは、学校付近の川でウナギの稚魚を調査中。
生徒たちは、7年生(=中学1年)の春にどの課に入りたいかの希望を提出。就職活動のエントリーシートのように志望動機や熱意もあわせて記述し、それをもとに、学校側で9課それぞれ30人弱(3学年あわせて)になるよう配属を割り振ります。
この研究所に学年の区別はなく、また、異動もありません。3年間、同じ課に所属することで活動に継続性を持たせているわけですが、当然、希望どおりの課に入れない生徒も出てきます。そこで、生徒のやりたいことと課のテーマをうまく結びつけるサポートを教員が行っていると池野さんは説明します。
また、小中一貫校ならではの取り組みとして、小学5・6年にあたる中等部の総合の時間を「庄内未来研究所インターン」と位置付け、地場産業や地域の歴史・文化・自然・ひと、そして浜名湖について学んでいます。そのため、高等部に上がって晴れて研究所の一員となる際、インターン時代のテーマをそのまま継続する生徒もいるそうです。
週に一度、連続する2コマを使った総合の時間になると、生徒たちは課ごとの活動拠点となっている教室に集まります。その後は、全員で活動する課もあれば、チームや個々人で調べ物をしたり、制作物に取り組んだり、あるいは学校の外へ調査に出かけたりと、各自が比較的自由に行動する課もあります。
新たな浜松名物を開発すべく、班に分かれて調理実習を行う「グルメ課」。プールに集まった「テクノロジー課」の面々は、自分たちで作った人力ボートでの全国大会出場を目指しており、この日は専門家による技術講習。
なかには、福祉課に所属する生徒が、健康課に交じって高齢者向けダンスの練習をする様子もありました。昨年11月の活動報告を受けて、「他の課の活動が自分のやりたいことに近かった」「来年はあの課と一緒に何かをやりたい」などの声が上がったことから、2025年度は課を超えた交流も積極的に促しているのだそうです。
個人が主体となって動くことが多いだけに、難しいのは最初のテーマ設定だと池野さんは言います。本当にそれが自分の問いたいことなのか、やりがいのあるテーマにするにはどうすればいいのかなど、教員側からのアドバイスや働きかけの必要性を感じているそうです。
また、こうした探究活動では、ただ調べた内容をまとめるだけで終わらせないことも重要です。そこで、根拠となる情報を得たり、観光課であれば自分たちが考えた地域マップや和菓子を本当に扱ってもらえるかどうかを外部の人に判定してもらって、ダメならそれを指摘してもらったりと、どこかで必ず人の話を聞くよう促していると言います。
各課の人数は通常の1クラスよりも少ない設定ですが、これも、教員が生徒ひとりひとりにきめ細かく対応できるようにするための工夫のひとつ。さらには、学年を分けずに3学年の生徒が一緒に活動することも、先輩から具体的なアドバイスを受けられたり、後輩に教えることで成長につながったりする狙いがあるそうです。
生徒は各自のテーマに向かって活動するため、教員はそれぞれ異なるアドバイスやサポートが必要になる。実際、ひとりひとり対話する時間が以前よりも増えたそうで、この日も、個別に相談する様子が多く見られた。
庄内未来研究所の大きな特徴のひとつが「地域アドバイザー」の存在です。消防署や観光協会、大学、Jリーグチームの関係者など各分野の専門家をはじめ、地域のさまざまな人の協力を得ています。時には、生徒たちが「この人に話を聞きたい」と提案してくることもあるそうです。
「私たち教師はもちろん、教えること、子どもと関わることのプロだという自負はありますが、これだけ専門性の高い知識を要する活動は教員だけでは限界がありますし、転勤で学びが中断してしまっては意味がありません。ずっとこの地域にいる人々の協力を得ることは、この活動だけでなく、今後の地域のためにもなるのではないか、そんなふうに考えたのです。それに、専門家に頼ることで先生たちの不安を和らぐかな、という思いもありました」(池野さん)
2025年度は新しく赴任した若い教員がひとりで課を受け持つケースもあり、全体計画やワークシートなどをまとめたマニュアルを用意して、それを「虎の巻」として活用してもらいながら、今後はより組織だった活動とすることを目指していると話します。
庄内未来研究所は今年で3年目(2025年取材当時)。「まだまだ手探りです」と話す池野さんですが、手応えも感じています。「子どもたちが率先して面白がっていることが日々伝わってきて、それがいちばん大事だなと感じています。しかも文部科学大臣賞という形で認めてもらえたことは、わたしたち教員だけでなく生徒にとってもうれしい驚きで、所長や課長は特に誇らしげでした」
自分が好きなことや興味のあることを学校の授業で行えるようになったことで、不登校だった生徒が学校に対して前向きな姿勢に変わったり、勉強の苦手だった生徒が試行錯誤して解決策を探る行動ができるようになったり、子どもたちにはすでに変化が現れ始めていると言います。なかには、総合の時間だけでなく、普段からこの活動に取り組む生徒もいるのだとか。
最近では、同じような取り組みを検討している学校からの問い合わせや視察も増えているそうで、早くも庄内学園の中心的な存在になっている庄内未来研究所。生徒たちの思いとアイデアが街づくりに生かされた先に、この地域が20年後にどんな姿をしているか、いまから楽しみです。
庄内学園(浜松市立庄内中学校)池野由穂さん
子どもたちが主体となって取り組むことができるよう、教員が学びのサポートをすることです。
「活動あって学びなし」にならないよう、何のためにその活動をするのか、それをどう分析して次に生かすのか、学びのサイクルを教員が導くということです。
無理のないシステムにするためにマニュアル作成したり、定期的に先生方からの意見を吸い上げるなどして、組織のために良いと思ったことはやってみるということです。
安藤財団「自然体験.com」に掲載されている各学校の速報レポートを参考にしていました。

1992年、静岡県出身。前任は山間部にある中学校。ここでは、過疎化により地域がなくなってしまう危機感から、子どもたちが中心となって地元の観光ガイドと観光プランを立てたり、考案した料理が本当にお店に出せるものかを検証してもらったりといった活動を、総合の時間を使って何年も前から先駆けて行っていたという。庄内学園に赴任し、「こんなに資源があるところでやらないのはもったいない」と考えていたところに生徒会からの提案があり、庄内未来研究所が実現した。
※2024年度の実施内容
【活動のタイトル】庄内未来研究所 ―庄内地区を20年後も元気な地域にしよう―
【活動の目的】
· 庄内地区を20年後も元気な地域にしよう!
· 20年後の庄内地区の未来のために「私」ができることを考えよう!
【主な活動場所】
· 防災課:庄内学園、はままつフラワーパーク、三ヶ日青年の家
· 福祉課:庄内学園、商工会議所庄内支部、はままつフラワーパーク、三ヶ日青年の家
· 健康課:庄内学園、はままつフラワーパーク、三ヶ日青年の家
· 観光課:庄内学園、はままつフラワーパーク、三ヶ日青年の家
· 浜名湖課:庄内学園、浜名湖、はままつフラワーパーク、三ヶ日青年の家
· テクノロジー課:庄内学園、オイスカ浜松国際高等学校、浜名湖、はままつフラワーパーク 他
· 歴史課:庄内学園、はままつフラワーパーク、三ヶ日青年の家
· 花とみどり課:庄内学園、地域の放置竹林、庄内協働センター、はままつフラワーパーク 他
· グルメ課:庄内学園、ウェルシーズン浜名湖、はままつフラワーパーク 他
【主な活動内容】
· 初等部(小学校1年生~4年生)・中等部(小学校5、6年生)での学びをもとに、高等部(中学校1年生~3年生)では自分が興味・関心のあることについて、より専門的な知識を得るとともに学び方をも学び、20年後の庄内地区について自分事として考える学習とする。この探究活動を「庄内未来研究所」と呼ぶ。
· 防災課:地域の自治会の防災倉庫の見学、防災用簡易ベッドの試作、防災訓練での説明ほか
· 福祉課:子供用病衣の試作、ユニバーサルデザインの現地調査、独居高齢者宅への訪問ほか
· 健康課:幼児から高齢者まで楽しめるエアロビクスの試作、地域住民対象の健康講座の実施ほか
· 観光課:『地域観光マップ』の作成、地域店舗の紙袋のデザイン、はままつフラワーパークでのガイドほか
· 浜名湖課:アサリの天敵のクロダイを釣る、船で浜名湖に出て楽しむ、浜名湖の生き物を見るほか
· テクノロジ一課:ソーラーボートを作るほか
· 歴史課:堀江城を調べてリーフレットにする、地域の「堀江調べ隊」の方々と現地調査をするほか
· 花とみどり課:花を種から育てて地域住民にプレゼントする、問題になっている放置竹林の竹をパウダー化する、かつて庄内地区の特産物であったヘチマ栽培を復活させるほか
· グルメ課:地域の材料を使った新たな献立の試作、「浜名湖課」が釣ったクロダイを使った料理の試作、「花とみどり課」が育てたヘチマを使った料理の試作ほか
【活動の特徴】
· 【庄内未来研究所】には所長と課長がいます。いずれも生徒が担っています。
· 地域アドバイザーがいます。
・防災課:浜松市西区災害ボランティア
・健康課:ジュビロ磐田チームドクター、聖隷クリストファー大学
・福祉課:浜松特別支援学校PTA会長
・観光課:舘山寺観光協会、Re-lation
・浜名湖課:前三ケ日青年の家所長
・テクノロジー課:日本ソーラー・人力ボート協会
・歴史課:堀江しらべ隊、浜松へちま・ミライ
・花とみどり課:プラット庄内
・グルメ課:浜松パワーフード学会、遠鉄観光開発株式会社
· 本校は施設一体型小中一貫校です。この活動は小学生と中学生が取り組みます。
【装備】
· タブレット端末、人力ボート、白菜栽培用品、調理器具など
【発信方法】
· 静岡新聞、中日新聞など