
東西に細長い形をした島根県のほぼ中央、江津市にある「島根県立少年自然の家」は、海・山・川という三拍子そろった豊かな自然が特徴です。主に小学生の宿泊研修に利用されていますが、市街地から近いこともあって、保育所などの未就学児のほか、地域の高齢者グループなどにも自然観察や野外体験ができる場として親しまれています。
夏には、小学5・6年生を対象とした長期キャンプを主催。日常では味わえない挑戦と主体性を重視した活動を通して、さまざまな気づきや自信を持つことによる「自分づくり」、さらには、周囲の人々への思いやりを育む「人間関係づくり」を大きなねらいとしています。
2021年は、60キロもの歩き旅を敢行。シンプルな構成でありながら、子どもたちが大いに達成感を感じられたことや、地域とのつながりを持たせた点などが評価されて、同年度の「トム・ソーヤースクール企画コンテスト」(現・安藤財団 自然体験企画コンテスト)で一般部門の優秀賞に選ばれました。
JR江津駅から車で10分。「浅利富士」とも呼ばれる室神山の中腹、標高125メートルの森の中に、「島根県立少年自然の家」はあります。敷地面積は13万平方メートル以上。体育館、創作棟、丸太で造られたワイルドなケビン(キャビン)のほかに、「冒険の森」や「友情の池」「どんぐりの谷」などが点在しています。
南には中国随一の江の川(通称「中国太郎」)が流れ、それが日本海へと注ぐ三角州が西側に広がっています。川を遡れば美しい滝に出会うこともでき、「特別めずらしい自然があるわけではありませんが、海・山・川、体験活動に必要な自然はそろっています」と所長の河本誠二さんは説明します。
この恵まれた環境を活かして各種のプログラムを主催していますが、なかでも大型企画と言えるのが、2009年に始まった「ジュニア・サマー・キャンプ」です。小学5年生と6年生を対象に、5泊あるいは6泊という長期の宿泊をともなう体験活動を提供しています。
以前は長くても3泊でしたが、より長い活動とすることで、そこで生じる困難やトラブルに向き合い、それを乗り越える体験をしてほしい、という思いから長期キャンプが始まりました。目指すのは、自分に自信を持ち、自分を好きになり、それによって周囲の人を大切にする心を育てることです。
テーマや内容は毎年少しずつ変わっています。過去には、かつてこの地を走っていた旧三江線の廃線跡をリヤカーを引きながら52キロ歩いたり、ほとんど人が来ない洞穴でキャンプをしたり、といった企画も。河本さんによれば、「『もっと挑戦させたい』という思いを込めて、あえて少しの困難さを用意している」のだそうです。
60キロ歩き旅が企画されたのは2021年。前年はコロナ禍の影響でプログラムが中止となり、子どもたちは日々の活動にも制約がありました。そんな状況だからこそ日常では味わえない体験を提供し、子どもたちが心を動かしたり自分を見つめ直したりする機会になれば……。そんな願いも込められていたと言います。
自然を五感で感じ、困難を自らの力に変えて、たくましく生きる力を育てるべく用意されたのは、5泊6日のうち4日間はひたすら歩く、というハードな構成のプログラムでした。山道を進み、峠を越え、橋を渡り、海岸を歩き……。長いときは一日で19キロ歩きます。
とにかく歩いた60キロ。最後の「浅利富士」を下山して施設に帰ってきた際には、全員が横一列になってゴール。
もちろん、道中の食事や洗濯は自分たちで行い、各自がシュラフを持ち運んで、寺や地域施設、体育館などで寝泊まりしました。そうして目指したのは、4つの絶景ポイントです。見事な3段の滝に、日本海を見渡せる丘、遠くの島まで望める灯台、最後は、浅利富士の山頂へたどり着きました。
それまで経験したことのない長距離、しかも知らない道を歩き続けるのは、子どもたちには苦しい時間です。そこで、「楽しいひととき」も用意されていました。たとえば、浴場や温泉での入浴、星空観測、海岸での花火。たまたま出会った移動かき氷車は、スタッフにとっても最高の喜びだったとか。
また、宿泊やトイレ休憩などで立ち寄った場所で、人に感謝し、人と関わる楽しさを味わうことも、企画意図のひとつでした。住職の話を聞いたり、野菜を一緒に収穫したり、思いがけず声をかけてもらいアイスクリームやジュースをいただいたり。初めて訪れた場所で、初めて会った人々の優しさに触れる体験は、子どもたちにとっても心地よい瞬間だったのではないでしょうか。
参加した子どもたちから寄せられた感想の中にも「あいさつすることは面倒くさいなと思っていました。でも、あいさつで人はつながることができると分かったし、相手に自分の思いを伝えるとすごくすっきりしました」「この5泊6日で進んであいさつや返事ができるようになった」「成長したことは、小さなことでもお礼を言うようになったこと」といった声があったそうです。
「ジュニア・サマー・キャンプ」は現在も継続され、2025年度は、自分たちでつくった筏での江の川下りに挑戦しました。また、食事はすべて自分たちでメニューから決めて作ることにしたところ、キャンプにおける大きな楽しみのひとつとあって、あちこちで料理をめぐる攻防が勃発。
「時には涙を流しながらのバトルもあるのですが、最後の夜のキャンプファイヤーでは、誰もが感謝の言葉を口にします。単に長いだけでなく、いろいろな活動があり、困難さを感じながらも、それを乗り越えていくからこそ、ドラマが生まれる。人はそう簡単には変われないものですが、この短期間でも子どもたちの心には確実に変化が見られます」。河本さんはそう話します。
最小限の荷物でのぞんだ60キロの歩き旅では、防災意識を高める狙いから、カセットコンロで作ることができる非常食などを使用。宿泊した場所では洗濯も。子どもたちは日に日に手際よくなっていったという。
もうひとつ重視しているのが、子どもたちの主体性です。社会教育主事で研修支援スタッフの土江美来さんは、「子どもたちが自ら考えて行動できるよう、スタッフやボランティアは『見守る』という姿勢を貫くよう心がけている」と説明します。また、誰かと協力しないとできないような活動も必ず組み込んでいるとのこと。
そのひとつが、ソロ炊飯での朝食。近年の恒例だそうで、毎朝、全員が火おこしから自分ひとりでやるのが決まりです。当然、不慣れな子はどうしても時間がかかってしまいます。すると、早くできた子が順にまわりの子を手伝う、という助け合いが自然と起きるのだそうです。
「最初は誰にも話しかけられなかった子が最後には涙を流して『みんなと離れたくない』と言ったり、自分にばかり目が行きがちだった子が、仲間のやさしさに触れてまわりを気にかけられるようになり、自分から『大丈夫?』と声をかけられるようになったり……。そんな様子が毎回たくさん見られます。その度に、胸がいっぱいになる思いです」(土江さん)
自分の思いをはっきりと伝えられるようになると同時に、他者への思いやりも芽生える長期キャンプ。その感動は子どもたちの心の中にも確実に残るようで、参加者がボランティアスタッフとして戻ってくるケースが増えているそうです。
施設のボランティアチーム「イモームズ」は、もとは大学生が中心でしたが、彼らに憧れてボランティアになる子どもが増え、現在では半数が中高生(「イモーム」は施設のキャラクター)。事前に心構えや接し方、リーダーシップなどを学ぶ講座を受け、プログラム期間中はボランティアだけのミーティングも行います。
「年齢の近いボランティアと自分たちとでは、子どもたちへの伝わり方が全然違う」と河本さんは笑う。「今度は自分がイモームズになって帰ってきたい」と話す子も(写真はいずれも60キロ歩き旅のときのもの)。
「参加して終わりではなく、そこに循環が生まれてほしいと考えています。中高生は、参加者の気持ちを引き継ぎながら携わるので、学生と彼らに憧れる参加者との間をつなぐ役割になりますし、学生から視野の広いアドバイスをもらうことで自分たちの学びや成長にもつながります。60キロ歩き旅の参加者のひとりが中学・高校とボランティアを続けてくれていて、これがひとつの理想形ですね」(河本さん)
子どもたちに学びや気づきをもたらすプログラムとするには、その準備、特に安全性と困難さのバランスを見極めるのがとても難しく、近年は熱中症対策やクマ対策も大きな課題です。それでも、「ここでの体験が子どもたちの何らかの『支え』になってくれたら」と土江さんは思いをにじませます。
適度な困難さと主体性ある活動によって心が動いた子どもたち。そんな彼らによって、自然体験活動の素晴らしさが次の世代へと受け継がれていく──「島根県立少年自然の家」では、この夏もまた新たなドラマが始まります。
「島根県立少年自然の家」の所長・河本誠二さん(左)と土江美来さん(右)。実は、河本さんは小学生のときに参加者として、土江さんは学生時代にボランティアとして、この施設に来た経験を持つ。そのときの感動に導かれるようにして職員となり、現在は、さまざまなプログラムを通して子どもたちに体験活動の素晴らしさを引き継いでいる。
島根県立少年自然の家 所長 河本誠二さん
子どもたち(参加者)にどのような力を身につけてほしいか考え、自然の家だからこそできる、心に記憶に残るようなプログラムにすることです。
ねらいの共有と安全管理です。
ねらいの共有に関しては、計画書に記すだけでなく、子どもたち自身も意識できるように、キーワードにして示すようにしています。また、ねらいが達成できるように手を貸し過ぎることなく、任せて見守るようにしています。
安全管理に関しては、特に熱中症対策とクマ、イノシシ、サルへの対策に重点を置いています。事後に「〇〇しておけばよかった」と思うようなことがないように危険を想定し、対策を図っています。
子どもたちはもちろん、職員自身が楽しみながら活動できることも大切なので、無理のない勤務体制の構築、魅力あるプログラムの企画を心がけています。職員の得意なことや好きなことを活かしてプログラムを構成することもあります。
また、イモームズ(中・高生、大学生等のボランティアスタッフ)や協力者の方々と一緒に活動をつくっていっているので、自然の家にとって、なくてはならない存在です。
担当が異動等で変わっても継続できるように全職員で運営にあたり、みんなでマインドを引きついでいくことも大切にしていることの一つです。
特定の書籍、サイト等はありません。まさに今、起こっている出来事(ニュース等)を職員で話題にし、参考にすることもあります。

1968年、島根県浜田市出身。小学2年生のときに「島根県立少年自然の家」で体験したキャンプファイヤーが「いまでも目をつぶれば浮かんでくる」。その後、小学校教諭として訪れた際に「社会教育主事になればここに異動できる」と知り、資格を取得。念願かなって職員として勤務したのち、教員や教育委員会などを経て、2023年、所長として再びこの地へ。
1992年、島根県出雲市出身。子どもと関わることが好きだったことから、県立大学在学中に先輩に誘われて「島根県立少年自然の家」のボランティアに参加。わずか数日で子どもたちが変わっていく様子やキラキラと輝く目に感激。小学校教諭となったのち、「自分もこの活動に参加したい」という思いから社会教育主事の資格を得て、2024年より職員として勤務。
※2021年度の実施内容
【活動のタイトル】ジュニア・サマー・キャンプ2021~仲間と挑戦! 江津市の絶景発見! 歩き旅~
【活動の目的】
・日常では味わえない体験活動プログラムを通して、自然のよさや厳しさを体感したり、仲間と協力し、励まし合いながら困難を乗り越えたりすることで、たくましく生きる力を育む一助とする。
【活動日程】2021年7月31日〜8月5日
【主な活動場所】島根県立少年自然の家、江津市内各所
【主な活動内容】
・1日目:開講式、自己紹介、幟作り、創作活動(スプーンづくり)、安全学習、荷造り(自然の家泊)
・2日目:自然の家〜《絶景①岩瀧寺の滝》〜岩瀧寺~上津井温泉~正福寺(約14.5km/正福寺本堂泊)
・3日目:正福寺~《絶景②島の星山 椿の里》~有福温泉(約19km/地域コミュニティ交流センター泊)
・4日目:交流センター~《絶景③石見大崎鼻灯台》〜和木(約16km/地域コミュニティ交流センター泊)
・5日目:交流センター~《絶景④浅利富士》〜自然の家(約10.5km)、火おこし、バーベキュー、キャンプファイヤー(自然の家泊)
・6日目:旅の振り返り、発表会、閉講式
【活動の特徴】
・最小限の荷物での歩き旅。長い道のりを苦労して歩いた先には、江津市の絶景があり、子どもそれぞれに感動を覚えることができる。絶景を見たときの思いや、歩ききったときの思いなど、その日、心動かされたことを自分のノートに記録し、一日の振り返り場面で発表し合う。また、最終日の旅のふり返りでは、この旅で感じたこと、伝えたいことを旅の写真とともに一人ずつ発表する場を設ける。感動体験を共有することで、自尊感情を育み、仲間意識を深めることにつなげる。
・食事は簡単に作られる物を自分で作った竹スプーンで食べ、防災意識を高める。
・地域の寺、コミュニティーセンターにお世話になりながら宿泊することで、感謝の気持ちを持ったり、人と関わることの楽しさを味わったりする。
・60km完歩した後に本所のプログラム(火おこし、炊飯活動、キャンプファイヤー)を体験する場を設ける。自分で進んで活動する実践の場とし、協力し合う事の楽しさを味わい、苦労を共にした仲間との絆を深める。
【参加者】
・小学5年生:7人(男子4人、女子3人)
・小学6年生:8人(男子4人、女子4人)
【参加費】
・12,000円/人
【装備】
・手回し脱水機、ミニガスバーナー、鍋、シュラフ・マット、文房具など
【募集方法】
・県内の小学校へチラシ配布、ホームページ掲載
〒695-0007 島根県江津市松川町太田610
https://www.pref.shimane.lg.jp/shonenshizen/
https://www.instagram.com/shima_syouka/
https://note.com/shima_shou_ka
写真提供/島根県立少年自然の家
撮影/橋本高伸(プロタート)
取材・構成/土居悦子
工夫ではないですが…、県内の子どもたちに広く体験活動を提供するため、県内各校へチラシの配布、LINEやHP、Instagram、noteで広報を実施しています。また、県の各機関と連携を図り、メーリングリストでのメール配信、LINEでの情報発信等を行っています。
アドバイスできることはありませんが、参加者だけでなく、企画側も楽しむことを大切にしています。ただ単に活動を楽しむのではなく、様々なことを乗り越え、人と人とのかかわりの中から生まれる達成感や満足感を大切にしています。これこそがこれからの時代を生きていくために大切な力の一つだと考えているからです。
「思いをもって様々な自然体験活動を行うことは、子どもたちの心に一生残る思い出となって刻み込まれます。一生の宝となります。だから、子どもたち誰一人取り残さないように、自然体験活動を一緒に提供していきましょう!」ということを伝えたいですね。
