神奈川県・三浦半島の東の端に、東京湾に大きく突き出した「観音崎」と呼ばれる岬があります。丘陵が海まで迫る岩礁海岸は東京湾では唯一ここにしか見られない地形で、多様性に富んだ自然豊かな海と森からなる岬は、ほぼ全域が県立公園に指定されています。
その園内にある観音崎自然博物館では、小中学生で結成される「ジュニア生物調査隊」の活動が2018年から行われています。未来の人材育成を目的に、昆虫や水生生物などに関する本格的かつハードな調査・保全活動を継続的に行い、希少種の発見など大きな成果も挙げています。
博物館ならではの専門的な活動に冒険要素を取り入れた内容やYouTubeを活用して積極的に発信している点も高く評価され、2022年度の「第21回トム・ソーヤースクール企画コンテスト」(現・安藤財団 自然体験企画コンテスト)で一般部門の最優秀賞である安藤百福賞に輝きました。
観音崎自然博物館は、1953年設立の民間(公益社団法人)の博物館です。観音崎や三浦半島だけでなく、東京湾に流入する河川の源流部から黒潮が流入する東京湾口までの森と川と海の自然を「東京湾集水域」と位置づけて、そこに生息する希少な動植物のリアルな生態を伝える展示に力を入れています。
海のすぐそばに建つ観音崎自然博物館。珍しい民間の博物館として、三浦半島における水生昆虫や両生類、淡水域に生息する水生生物の調査を行うほか、観音崎に残る希少な海岸植物を増殖して博物館の庭に植栽する事業も行う。
地域の小学校の多くが自然体験学習で訪れるほか、年間を通して数多くの自然観察会などを開催し、子どもから大人まで、身近にある希少な自然と生き物を体験できる場となっています。ただ、2018年に始まった「ジュニア生物調査隊」は、そうしたイベントとはやや趣が異なります。
「この活動の目的は子どもたちの自然体験ではなく、すべては生き物のため。自然や生き物に関心を持ち、将来、研究や保全に携わる人材を育成するために、生物調査や環境保全に関する知識や技術を習得し、経験を積んで継続的にレベルアップしてもらうことを目指しています」
そう力強く話すのは、昆虫と淡水生物を担当する学芸員で、ジュニア生物調査隊の隊長でもある佐野真吾さん。「寝ても覚めても採集に行くことを考えている」と話すほど生き物好きの佐野さんは、幼い頃から観音崎周辺を含む神奈川県東部をフィールドにしてきました。
しかし、年々多くの昆虫が姿を消す状況を目の当たりにし、この自然を守るには自分の仲間、自分のあとに続く後継者を育てる必要があると考え、この調査隊を発案したのです。キャッチフレーズは「強くたくましく生き物を採る!」。生き物のための活動だということは、隊員となる子どもたちや保護者にも共通認識として伝え、普段の活動でも徹底していると話します。
ジュニア生物調査隊は現在、小学生の部と中学生の部に分かれています。小学生の部は20〜25人ほどが継続的に活動し、卒業などで欠員が出たときのみ、翌3月に新規隊員の募集を行います。ハードな活動ながら応募者は多く、5人の募集枠に100人近い応募が来たこともあるそうです。
活動は月1回。ずぶ濡れや泥んこは当たり前で、時には深いヤブを掻き分けて森を進み、研究者が用いる専門的な方法で生き物の採集を行います。そして、たとえば絶滅危惧種のサラサヤンマ(トンボの一種)にマーキングを施したり、ヨシノボリ(ハゼの一種)の種による棲み分けを調べたり、といった専門的な調査活動を行っているのです。
生き物を採集して生態を調査するため、活動のフィールドも内容もなかなかハード。採集できなければ置いていかれることもあるそうだが(当然スタッフがつく)、それもこれも、すべては未来を担う人材を育てるため。
小学生の部で特に力を入れているのが、日本固有種であるトウキョウサンショウウオ(絶滅危惧II類)の保全活動です。生息環境を整備するほか、冬の産卵期には産卵状況を把握し、春には幼生の個体数をカウントするなど、発足以来、年間を通じた活動を続けています。
活動の主なフィールドとなるのは「東京湾集水域」。観音崎周辺や同じく三浦半島の逗子、あるいは横浜のほかに、東京湾を挟んで対岸にある千葉県富津市の里山にも頻繁に出かけます。夏にはこのエリアから離れて、伊豆諸島の島々や新潟県などでの合宿調査も行っています。
2020年に結成された中学生の部は、小学生の部を終えた子どもたちを対象としているため(一般募集なし)、全員がすでに調査・採集の高いスキルを身につけています。そこで、合宿は年2回行い、調査地もより深い自然を体験できる沖縄へ。2025年の夏には、WWFジャパンが手がける環境再生プロジェクトに参加し、西表島と石垣島を訪れました。
活動もより専門性が高く、これまでに、神奈川県内では絶滅とされていた水生昆虫を観音崎周辺で再発見したほか、三宅島でも複数の種を初記録あるいは数十年ぶりに再確認。その成果は論文として学会誌に掲載されるなど、れっきとした博物館の〝戦力〟として活躍しているのです。2025年からは、学会発表を目指した活動が年間計画にも盛り込まれています。
そんなジュニア生物調査隊では、数年にわたり同じメンバーで活動をともにします。そのため人選にあたっては、生き物が好きであることは大前提として、長く一緒に活動できそうか、また、将来的に生き物の世界で活躍してくれそうか……という視点でも見ていると佐野さんは言います。
「そうやって選んだ隊員の中には、世間的には『変わっている』と思われがちな子も多いのですが、実はそういう子のほうがフィールドで大活躍したり、隊に長く残ってくれたりします。学校に通えていなかった子や、虫が好きなことを周りに隠していた女の子が、ここに『自分の居場所』を見つけて、輝いている様子を目にした保護者の方から感謝されることも多くあります」
隊員にはもちろん女の子も。また、中学生はすでに数年ともに活動しているため、状況にあわせてどんな行動が求められているかを理解し、互いに信頼関係ができていると佐野さんは話す。
「自分は教育者ではない」と繰り返す佐野さんですが、長い付き合いを想定しているからこそ、「結果的に人が育てばいいな」という思いも抱いています。隊長として、また、生き物の分野における師匠として、調査に訪れた先での挨拶や態度など基本的なマナーは厳しく指導し、仲間同士の言葉づかいやコミュニケーションについて注意をすることもあるそうです。
活動計画では、毎年少しずつ成長できる工夫やストーリー性を心がけていると説明します。たとえば、アライグマによるサンショウウオの捕食を防ぐ方法を考え、実行したら、翌年には個体数を調査して、その成果を検証します。時には地形図だけを渡して自分たちで生き物を探させるなど、継続的な活動ならではの知識と技術のステップアップを図っているのです。
そして、こうした活動を発信する場として活用しているのが、YouTubeです。コロナ禍で博物館が一時閉館した2020年、再開後により多くの人を呼べるようにと、休校中で毎日のように博物館に遊びに来ていた隊員たちと始めました。ワイルドな活動の様子や隊員たちの成長の様子が見える点も好評で、YouTubeを見て来館したと話す人も増えているそうです。
ジュニア生物調査隊の活動で特に大変なのは、調査地の下見をはじめとする事前準備だと佐野さんは話します。生物調査にふさわしいフィールドに、20人以上の子どもたちが足を踏み入れることもあるため、事前の確認や許可取りなどの手続きも必要になります。
また、活動内容がハードなだけに運営側にも人数が必要です。そこで活躍するのが、10代・20代が中心の若いボランティアスタッフ。博物館のボランティアや学芸員実習生が集まり、サポート役として活動に同行するほか、佐野さんの代わりに下見に行ってもらうこともあるそうです。
スタッフを若い世代にしているのは、子どもたちが交流しやすくするため。ジュニア生物調査隊を卒業した高校生(NEOメンバー)がともに活動することもあり、先輩から後輩へ、途切れることのないネットワークを生もうとしている。
実は、生き物が大好きで子どもの頃はいつも採集に出かけていた人も、大学を卒業して社会人になると、多くの場合、そういう活動をする場も機会もなくなってしまうと言います。ジュニア生物調査隊や観音崎自然博物館は、そんな人たちが好きな活動を続けられる場であり、かつ、共通の趣味をもつ仲間とのつながりを持てる場にもなっているのです。
2024年には、ジュニア生物調査隊を卒業した高校生たちによる新たな調査チーム「観音崎生物調査チームNEO」が結成されました。NEOとは「Nature Explore Organization(自然開拓機関)」の略で、メンバーは今後ずっとここで活動を続け、ゆくゆくは博物館の関連研究機関として独立することも視野に入れていると言います。
「僕が死んだ後も続いていくような(自然環境や生き物の)保全のネットワークを作りたいと考えています。ただ本当は、保全しなくてもいい環境・状況を作ることが理想です。だから子どもたちには、将来どんな仕事についたとしても、自分たちが住む地域の自然や生き物に理解のある人になってほしい、そう願っています」
未来の専門人材を育成する場として、着実に成果を出し始めているジュニア生物調査隊。自然や生き物を愛する者としての〝英才教育〟を受けた子どもたちが、その道の第一線で活躍する日は、そう遠くはないのかもしれません。
観音崎自然博物館 学芸員 佐野真吾さん
チームとしては「生き物のために、生き物を中心に活動している」ということを子どもたちとの共通認識として共有し大切にしています。チームのリーダーとして子どもたちと関わるうえでは、子どもたち個人の意思と個性を強く尊重しています。人とは違う資質や行動をこの場ではポジティブで武器になるように大切にしています。
泥んこ・浸水・軽傷等、ハードな活動が多いので、大きなケガや熱中症などが起こらないように注意しています。また、女子もいるので必ず女性スタッフに来てもらうようにしています。学芸員は先生ではなく「隊長」や「師匠」であり、あくまで自分の意思による活動であることを大切にしています。他、希少生物の生息地情報の流出には細心の注意を払っています。
目的があり、それを明確にしていることと、個人やチームが成長することだと思います。また、成長に応じた活動の変化やストーリーを子どもたちやその親御さん、その他大勢の人たちに見えるように発信し、内部、外部からも認められる活動にすることだと思います。ジュニア生物調査隊は、中学生からは「中学部」、高校生以上は観音崎生物調査チームNEOの所属になり、そこからは大人になっても一生続けられるチームとして活動していく予定です。
特にありません。

1987年、神奈川県横浜市出身。大学院を経て神奈川県立生命の星・地球博物館に勤務。再び大学院で博士号(環境情報学)を取得したのち、2017年より観音崎自然博物館学芸員。専門はゲンゴロウやタガメなどの水生甲虫類・水生半翅類。小学2年生のときにタガメやゲンゴロウが神奈川県内では絶滅種だと知り、以来、その虜になって研究者の道へ。ライフワークは世界のゲンゴロウの分類を確立することで、現在はラオスなど東南アジアを中心に調査に出かける。いつか地元の横浜市に自然博物館を作るのが夢。
※2022年の実施内容
【活動のタイトル】観音崎自然博物館 ジュニア生物調査隊
【活動の目的】
· 将来、自然や生き物に関心理解を持ち、個人がそれぞれのかたちで自然や生物の保全に関する活動をおこなう人材を育成することを目的としている。
【活動日程】
· 小学生の部:4/10、5/22、6/11、7/10、7/25〜27、9/17、10/9、11/13、12/18、1/15、2/26、3/11
· 中学生の部:4/10、5/8、7/16、8/2〜5、9/10、10/16、2/26、3/19
【主な活動場所】
· 主に神奈川県東部(三浦半島の横須賀市、葉山町および横浜市)、千葉県富津市
· 夏の合宿は三宅島および神津島
· 発表準備や発表会は観音崎自然博物館
【活動内容】
· 小学生の部
4/10:始動式&観音崎公園・たたら浜フィールドワーク(小中合同)
5/22:絶滅危惧種、トウキョウサンショウウオの個体数調査とサラサヤンマのマーキング
6/11:過酷なヒミツの湿地調査
7/10:房総半島の水生生物調査
7/25~27:夏合宿 in 神津島
9/17:3種のヨシノボリの棲み分け調査
10/9:タイドプールの水生昆虫&トンボ調査
11/13:トウキョウサンショウウオ保全作戦会議•発表準備①
12/18:トウキョウサンショウウオ保全作戦会議•発表準備②
1/15:トウキョウサンショウウオの保全活動(産卵場となる池を掘る)
2/26:発表会・報告会(小中合同)
3/11:トウキョウサンショウウオ産卵状況の調査と卵嚢の保護作戦
· 中学生の部
4/10:始動式&観音崎公園・たたら浜フィールドワーク(小中合同)
5/8:千葉県の里山調査①
7/16:千葉県の里山調査②
8/3~5:夏合宿 in 三宅島
9/10:千葉県の里山調査③
10/16:三浦市の誰もやっていない水路調査
2/26:発表会・報告会(小中合同)
3/19:千葉県の里山調査④
【活動の特徴】
· 神奈川県東部の淡水域を中心とする年間プログラムであり、水生生物に関する「調査」、「資料の保管」、「絶滅危惧種」、「外来種」、「交流」、「発表」、「保全」というキーワードを通して、生物学や環境保全に関する知識、技術、経験を高め、継続的にスキルアップしていく活動をしている。
· 絶滅危惧種「トウキョウサンショウウオ」の保全が年間を通してのテーマになっており、年度をまたいで作業や調査が続くことで、翌年度へのテーマや課題となり、継続性を高めている。
· 隊員が将来、対等に活動する仲間になることを目標としているため、隊員に継続の意志がある限り卒業はなく、大人になるまで続く予定である。
· 若手のボランティアスタッフがサポートをしている。自然や生物に関する若手の活動の場、人材育成の場、きっかけの場としての機能も兼ねている。
【参加者】
· 小学生の部:(各回)18〜21人/隊員21人
· 中学生の部:(各回)8〜12人/隊員12人
【参加費】
· 年間33,000円(3,000円は博物館会員費。合宿は別途)
【指導者】
· 小学生の部:(各回)7〜10人(職員、ボランティアスタッフ)
· 中学生の部:(各回)2〜4人(職員、ボランティアスタッフ)
【安全対策】
· 共栄火災の行事(レクリエーション)参加者傷害保険に加入している。合宿等の宿泊を要する活動の場合は、同じく共栄火災の国内旅行総合保険に加入。
· 比較的大きな河川で行う活動の場合は、事前にスタッフの安全講習をおこない、当日も子どもたちと救助法やライフジャケットの講習を行っている。
· 夏場の活動の場合は、熱中症対策として水分補給・休憩をはさむ時間を作っている。
【装備】
· 採集用のタモ網、捕虫網、ウェダー、ビデオカメラ、一眼レフカメラ、サンプルビン、薬品、懐中電灯、野帳、スローバック、ライフジャケット
【募集方法】
· 公式ホームページで募集。説明会を開催したうえで「入隊申込書」を提出、選考。
【発信方法】
· 機関誌『観音崎自然博物館 ジュニア研究報告』
· YouTube「観音崎自然博物館どたばた学芸ちゃんねる」、サブチャンネル「ゆるっと学芸ちゃんねる」
· 三宅島のトンボ類調査については日本トンボ学会誌に論文を投稿
神奈川県横須賀市鴨居4-1120
https://kannonzaki-nature-museum.jimdofree.com/
写真提供/観音崎自然博物館
撮影/松田麻樹
取材・構成/土居悦子
ジュニア生物調査隊の活動は博物館のYouTubeで活動の様子を配信しています。募集はHPを中心におこない、補足としてYouTubeで説明をしています。また、他の地域の自然に関する活動をする団体とコラボ企画を実施することがあり、発信や広報につながることもあります。
各々スタイルやカラーがあると思いますので、アドバイスはありませんが、大人になっても一生続けられる活動を各地域でたくさん作ってほしいです。私は生き物を調査したり、保全をすることが目的の仕事なので、その目的のために、自然体験活動をする団体やチームと交流や情報交換をして自然のネットワークをつくっていきたいです。
