
京都府の北東部に位置する南丹市美山町。茅葺き屋根の民家が建ち並ぶ里山の風景を眺めながら、さらに奥へと車を走らせた先に、芦生(あしう)集落はあります。現在の人口は40人ほど。山を隔てた向こう側はもう福井県、という京都最奥の村のひとつです。
ここに広がる国内屈指の原生林・芦生の森と、そこを源流とする一級河川・由良川(ゆらがわ)をフィールドに行われているのが、「芦生森と川の冒険学校」。その名のとおり、日常生活では体験できない冒険を通して、子どもたちの秘めた力や可能性を育むとともに、豊かな自然を未来へとつなぐ「守り人」を育成することを目的とした、通年型の自然体験プログラムです。
入念な事前準備と経験豊かなスタッフによるサポートのもと、年齢に応じた修練度の高いプログラムが継続的に実施されている点が高く評価され、2024年度の「第23回トム・ソーヤースクール企画コンテスト」(現・安藤財団 自然体験企画コンテスト)で一般部門の優秀賞に選ばれました。
主宰する「芦生山の家」は、1969年に「京都府立芦生青少年山の家」として設置された、山小屋スタイルの宿泊施設。2000年の建て替え後は南丹市の所有となり、集落の人々が立ち上げた生産組合(現在は有限会社)が運営・管理を行いながら、トレッキングツアーなどを開催してきました。
子ども向けの通年プログラムとして2022年にスタートした「芦生森と川の冒険学校」は、主に3つのクラスに分かれています。3歳から参加できるおやこビギナークラスは「はじめての森遊び・川遊び」と題して、まずは自然に慣れてもらうことを目的に、森の生き物観察や川遊びなどを1泊2日・全2回で楽しみます。
チャレンジクラスは小学3〜6年生が対象で、1泊2日・全7回。食事と宿泊は施設で行いますが、参加できるのは子どもだけ。野草でのピザ作りやツリークライミング、手作りアスレチックのほか、原生林トレッキングや初級の沢登りにも挑戦します。
より難易度の高い冒険に挑むのが、小学4年生から中学3年生までを対象としたマスタークラスです。1人1張りのテント泊で、食事はすべて自炊(1泊2日・全7回)。バードウォッチングや沢登りに加え、地図とコンパスを使って自分たちで道を探しながら進むトレッキング、パックラフト(一人乗りゴムボート)での川下りのほか、リュックを背負って20km以上先の若狭湾までロングウォークをすることも。
マスタークラスでは、キャンプ道具一式の入ったリュックを各自が背負う。冬には雪山トレッキングも。
少々ハードにも思える活動内容について、館長で、プロのアクティビティガイドでもある岡佑平さんはこのように説明します。「少し危険なくらいのほうが学びも多く、また、限界まで挑戦したことは一生忘れません。芦生の自然を使って人を育てることを考えたとき、そうした感動を与えられる『冒険』が必要だと考えました」
冒険学校がこだわるのは、芦生の自然。チャレンジクラスとマスタークラスは4月から2月までの四季を通じたプログラムですが、そのほぼすべてが芦生の森と川で行われます。
「木々や花々の変化、空気の変化、虫や鳥といった生き物の変化。食べ物や人々の暮らしも季節によって変わります。そうした一年の季節の移り変わりを、この場所で体験してほしい。『夏は海、冬はスキー』ではなく、毎回、同じ場所に来るからこそ見えてくるものがあります」
それと同時に、「この森が人を育てる秀逸な場所であり、価値の高い場所だと証明したい」と岡さんは語ります。100年以上も手つかずのこの森は、京都丹波高原国定公園の第1種特別地域に指定されているだけでなく、京都大学の「芦生研究林」として持続的な保全と利活用、教育研究が行われている場でもあるのです。
希少な研究林でもある点を生かし、研究者や専門家を講師に招いて動植物の生態系などについてのレクチャーも行う。
そこで冒険学校では様々な研究者や専門家、各分野に詳しいガイドを講師として招き、きのこやコケ、野鳥などの生態や、森や川の環境について最新研究に基づいたレクチャーをしてもらうなど、自然を楽しむだけでなく「学ぶ」「理解する」ことも重視しています。
さらに、自然を守る行動をプログラムに盛り込むことで、次世代に残したいという思いを芽生えさせることも意識していると言います。たとえば、貴重な原生林では、自炊の際にパスタなどのゆで汁を捨てることはできません。では、どうするか。ゆで汁でスープを作って鍋の汚れを取り、さらにお茶を沸かして、最後にアルコール消毒をして翌日も使えるようにしておきます。
そのほかにも、森でキャンプをするときは野鳥などのストレスにならないよう夜は静かに過ごす、川の恵みをいただくだけでなく生き物たちのすみかとなるような場所を石を積んで作るなど、環境や動物たちにダメージを与えない技術を学び、実践しています。
難易度の高いアクティビティを実施するため、冒険学校ではガイドの研修と育成にも力を入れています。日本山岳ガイド協会などの認定資格を有する経験豊富なプロガイドにボランティアスタッフも交え、時には3日間泊まり込みの野外研修を実施するなど、「必要な技術トレーニングは徹底的に行っています」。
そう話す岡さんは、もともと芦生で自然体験活動を行う団体で長年スタッフとして働いていました。田舎暮らしに憧れて大阪から移住して18年。今ではこの地で家族を築いています。縁あって「芦生山の家」の館長を任されることになり、この冒険学校を立ち上げました。
「ガイドとして活動する中で、子どもたちに自然の大切さを伝えることの重要性を実感しました。命を預かるわけですから気負いもあるし、準備も大変ですが、それよりも楽しさが上回ります。自然に触れた子どもの顔つきが変わる瞬間は、どんな素晴らしい映画にも勝る人生ドラマです。それを毎月のように間近で見られるわけですから」
引っ込み思案だった子が、自ら学級委員に立候補するようになったり。環境問題に興味を持ち、「新幹線の開発を止めたい」と話す子がいたり。「芦生の森には妖精がいて僕を虜にします。…そして、僕も魚になります」と作文に書いたのは、運動の苦手な中学1年の男子生徒でした。
驚きを隠せないのが親たちです。「子どもが変わりすぎ」「一体どんなことをしているのか?」「自分も体験してみたい!」という要望からスタートした大人向けクラスは、子ども向けの半分程度の難易度ながら、参加者は一様に「子どもを尊敬しました」「帰ったら褒めようと思います」といった感想をこぼすそうです。
ハードな活動もあるが途中でやめる子どもはいないという。冒険は、かけがえのない仲間と出会える場でもある。
冒険学校が始まって4年。最近では関東圏からの問い合わせも増えていることから、今後は遠方からでも参加できるプログラムのほか、芦生の自然を学んだ子どもたちを他の地域の自然へ連れていくことや、より長期のキャンプも計画したいと岡さんは話します。
「自然に触れる機会がどんどん減っていく中で、本やインターネットを通じて自然を〝知って〟いる子は多いけれど、本当に〝わかって〟いる子は少ないように感じます。実際に自然を体験し、理解した子どもは、自然を守り、さらに次世代へ伝えていく担い手になるはずなので、その輪をつないでいくことも自分たちの使命かなと思っています」
自然体験活動を通した人材育成に取り組むと同時に、「これを事業として成立させる必要がある」とも言います。他では体験できないプログラムを提供することで、より多くの人を芦生に呼び込み、地域おこしにつなげられたら……そう考えているのです。
「教育的利用という視点に立てば、山や川にはもっともっと可能性があると考えています。自分たちの地域にしかない自然の良さを利用した生業づくり──そのモデルになれたらいいですね。そうして、芦生が『日本でいちばん賑やかな最奥の村』になることを目指しています」
希少な原生林だからこそできる、冒険と学びのつまった自然体験。それは大人も惹きつけ、今では若い移住者がやって来るようになりました。自然体験が産業となって集落を盛り上げるとともに、「自然の守り人」を育む輪がつながるよう、芦生の森を舞台とした冒険は続きます。
「芦生山の家」館長・岡佑平さん
そのプログラムが、関わるスタッフと参加者が感動できるものかどうか。
参加者の安全対策
活動の目的とゴールを共有してくれる協力者
私たちは特定地の地域のみで活動しているのでその地域にまつわる文化や歴史、自然について書かれている書物や研究者がいればその研究レポートなど
1980年、大阪府出身。幼い頃、ひどいアトピーのため食事療法をしていたことから、環境や食べ物の大切さを無意識のうちに学び、自然にも親しむように。日本各地を旅し、アラスカなど海外の大自然も体験。26歳のとき、芦生のNPO法人に自然ガイドとして応募し、そのまま移住。芦生に惚れ込んだ妻の優香さんととともに山の家と冒険学校の運営を行うかたわら、芦生研究林の一般利用者への情報提供、林内で活動するガイド・団体の取りまとめを担う「芦生もりびと協会」にも携わる。
※2024年の実施内容
【活動のタイトル】由良川の源流、芦生の森に挑む冒険学校
【活動の目的】
· 日本屈指の原生林のひとつといわれる芦生の森は、京都府、福井県、滋賀県と県境を接した由良川の源流部にある。この手つかずの森を活動フィールドに春から秋にかけて小学校三年生から中学三年生25人(各回)が、力を合わせて自炊野営キャンプをしながら四季の自然にふれ、自然と対峙した暮らしと自然とのつながりを学ぶ。電気もない人里離れた森に入り自然にダメージをなるべく与えないキャンプ技術を学び・実践し、自然の楽しさと厳しさを体験する。源流と森と奥山をフィールドとしたこの取り組みによって、「自ら考え、選択・決断する力を育む」とともに「次世代の環境保全をリードする」青少年育成を目的とする
【活動日程】
· おやこビギナークラス:①6/22〜23、②8/15〜16
· チャレンジクラス:①4/27〜28、②6/17〜18、③7/20〜21、④8/6〜7、⑤9/21〜22、⑥11/16〜17、⑦1/25〜26
· マスタークラス:①5/5〜6、②7/13〜14、③8/1〜2、④9/28〜29、⑤10/19〜20、⑥12/7〜8、⑦2/8〜9
【主な活動場所】
· 京都府南丹市美山町芦生地区、田歌地区、宮島地区、大野地区
· 芦生山の家、芦生冒険学校
· 芦生の森、京都大学研究林、由良川本流及び由良川源流
· 京都府綾部市山家地区~並松地区
【活動内容】
· おやこビギナークラス:
①魔女から学ぶ野草の薬、森を食べる野草の押し寿司づくり、新緑の原生林散策
②川遊び、水辺の生き物観察
· チャレンジクラス
①野草でピザ作り、川魚さばき、木登り、森のアスレチック
②鶏の解体体験、野草の押し寿司づくり、トレッキング、バードウォッチング
③川の安全教育、川の生き物探し
④川遊び、滝登り、古式泳法を学ぶ
⑤パックラフトで川下り、苔テラリウム作り
⑥紅葉の原生林トレッキング、川の始まりを求めて
⑦冬の森で自然観察、スノーシュー体験、雪灯篭
· マスタークラス
①野営技術を学ぶ、バードウォッチング、地図の読み方学習、ロングウォーク(15km)
②川の安全教育、沢登り&ロングウォーク
③古式水泳、夜の川ウォッチング リバーシュノーケリング
④パックラフトで1泊2日の由良川下り
⑤鯖街道を行く、森から海までの20kmチャレンジウォーク
⑥冒険を振り返る、アウトドアクッキングで自然と仲間に感謝する祭
⑦厳冬期の原生林を行く、スノーシューチャレンジ
【活動の特徴】
· ビギナー、チャレンジ、マスターに分けて実施、段階的にレベルアップをはかる。
· 自炊を原則とするが、チャレンジコースとビギナーコースは1~2食自炊としている。
· 活動は参加者が主体的に動きスタッフはサポートするように心がける・
· 芦生研究林の専門講師に迎え、アカデミックに森や水源を学ぶ体験。
· 自然になるべくダメージを与えない自然とのふれあい。
· ライフラインから離れた自然と対峙した生活。
· 芦生を愛する専門家や経験豊かなボランティアの見守りサポート体制。
· 断片的な自然や暮らし体験より「繋がり」を学ぶことを大切にする。
· 活動を通して「人と人、人と自然」について学ぶ機会を取り入れるよう工夫する。
· 自然体験技術習得によりやり遂げたという達成感と自信を育ませる。
【参加者】
· おやこビギナークラス:(各回)小学生4〜6人、幼児2〜4人、大人6〜12人
· チャレンジクラス:(各回)小学生20〜25人
· マスタークラス:(各回)小学生19〜22人、中学生3〜4人
【参加費】
· (各回)21,000円/人
【指導者】
· おやこビギナークラス:(各回)4〜5人(アクティビティガイド、ボランティアガイドなど)
· チャレンジクラス:(各回)7〜9人(アクティビティガイド、ボランティアガイドなど)
· マスタークラス:(各回)8〜9人(アクティビティガイド、ボランティアガイドなど)
【安全対策】
· 事前に下見をして危険個所を調べ安全対策について協議し関係者が情報を共有する。
· 活動当日は安全管理者を配置し、活動開始前に危険個所や危険行動を参加者に注意喚起し安全指導を徹底する。悪天候やキャンプ経験等によって活動内容を臨機応変に変更する。
· 体調不良者等の休憩場所確保と救護体制を万全にする。活動によってはライフジャケットやヘルメットを着用する。
· 対物、対人、傷害保険に加入する
【装備】
· テント、タープ、野外自炊器具、パッククラフボート、ゴムボート
· ザイル、ヘルメット、ライフジャケット、救命ロープ、沢たび
· 釣り竿、網、ツリークライミング備品、ナイフ、双眼鏡、ルーペ、ワラ、竹
【募集方法】
· 団体ホームページおよび各種SNSで周知、パンフレット配布(芦生山の家、南丹市観光案内所)、新聞記事(京都新聞)
工夫ではないのですが、誇張しないこと、ありのままを誠実に発信することを心がけています
人間は自然と離れては生きていけない生き物であり、どんな時代でも、どんな場所でも必ず必要なものです。人間の根っことなる体験であり、健康や精神にも大きな影響を与える非常に重要な仕事であるということを自負して希望を持って取り組んで仲間になってほしいです。