
日本で組織的・教育的なキャンプが行われるようになったのは20世紀初頭と言われます。1916年(大正5年)、京都少年義勇軍(現在のボーイスカウト)が初めてのキャンプに向かった先は、琵琶湖の西岸に連なる比良山系の麓にある、雄松崎(おまつざき)でした。記念すべきその地には、いま、「日本ボーイスカウト初野営の地」の碑が建っています。
そこからほど近くの場所に2003年に開学したびわこ成蹊スポーツ大学は、日本で初めて「スポーツ」の名を冠したスポーツ専門の大学。国内では他に北海道教育大学にしかない、アウトドアと野外教育を専門で学ぶことのできるアウトドア・スポーツコースが設置されています。
地域貢献事業の一環として行われている「ひらんちゅキャンプ」は、自然と文化を組み合わせた年間プログラムで、企画・運営の中心は学生たち。組織性と社会性が優れている点などが評価され、2023年度の「第22回トム・ソーヤースクール企画コンテスト」(現・安藤財団 自然体験企画コンテスト)で一般部門の優秀賞に選ばれました。
「マザーレイク」とも称される琵琶湖のほとり、背後には1000mを超える比良山系の山並みが迫る滋賀県大津市比良。びわこ成蹊スポーツ大学は、まさにこの立地を生かすことを目的に設立されました。日本の野外教育の父であり2代目の学長を務めた故・飯田稔氏は「人が成長するための、こんなに素晴らしい環境は他にない」と絶賛したと言います。
スポーツ学部には、学校スポーツ、アスリートコーチング、健康・スポーツ医科学、スポーツビジネス・メディアなど8つのコースがあり、そのうちのひとつが、アウトドア教育に特化したアウトドア・スポーツコースです。野外活動の専門的な知識・技術を身につけるとともに、自然環境保全などにも貢献する人材を育成しています。
2023年、学内に「BIWAKOアウトドアスポーツセンター」が設立されました。もともと地域の人々や地元企業から自然体験活動の要望があったことに加え、コロナ禍で行動の自由を奪われた子どもたちのために……というニーズが重なり、学生支援とともに、地域貢献活動や組織力向上のためのチームビルディング研修などを行う組織として新たに発足しました。
その活動のひとつとして主催しているのが、「ひらんちゅキャンプ」です。「ひらんちゅ」とは「比良人」のことで、沖縄方言を拝借して命名。小学2年生から6年生までを対象とし、春夏秋冬の年4回、この地の自然と文化に触れるプログラムを実施しています。
前身であるサマーキャンプが始まったのは2010年のことでした。当初は大阪の子どもたちを招く企画だったことから、比良の自然や文化を紹介するプログラムとしてスタートし、それから16年。現在は全国どこからでも参加可能です。最近では、かつて参加した子どものきょうだい、いとこなどの参加も増えていると言います。
「ひらんちゅキャンプ」の大きな特徴は、プログラムの中心を担うのが学生だという点です。この活動は、子どもたちに自然体験活動を提供するだけでなく、学生たち自身が野外活動の企画・運営を実践し、アウトドア教育を実地で学ぶ場でもあるのです。
アウトドア・スポーツコース主任の林綾子教授のゼミに所属する学生を中心に、センターの活動に参加したいと手を挙げた学生を加えた約10人の運営メンバーは、春、新たなプログラムの開発から活動を始めます。参加者にはリピーターもいるため、毎年違ったテーマを設定し、年間を通したストーリー仕立てにして、子どもたちが新鮮味をもって楽しめるよう趣向を凝らしているのです。
海と比べて波の穏やかな琵琶湖は、初めてのカヤックに最適。その湖畔から3kmほどで比良山系の登山口がある地形が、このエリア内での変化に富んだ自然体験活動を可能にしている。
年間テーマの一例を挙げると、「サバイバル王認定プロジェクト」「ひらんちゅ探偵団〜大自然のナゾをときあかせ!」「ひらんちゅカップ2024〜めざせ、四季の王者!」などなど。受賞した2023年は「春夏秋冬ヒラゴンボールの大冒険」と題し、比良の自然に生息するとされる(?)「ヒラゴン」の宝物「ヒラゴンボール」を手に入れる……という設定で展開しました。
全4回のうち最初の春は、琵琶湖畔での仲間づくりキャンプ。夏には初の遠征として、「琵琶湖から世界(海)へ」というテーマで、日本海の若狭湾での4泊5日の長期キャンプを実施。秋は、「関西のアルプス」とも呼ばれる比良山系へ日帰りハイキングに出かけ、集大成の冬は、近隣のロッジに泊まって雪遊びや凧づくり。
継続参加の子どもも多いため、あえて難易度を上げた活動も組み入れていると言います。また、単発でも参加できますが、毎回もらえるピースを集めると記念証が完成するなど、年間を通して参加したくなるようなアイデアも盛り込んでいます。プログラムを紹介する資料や各回のレポートも学生が作成し、学びとともに達成感にもつながっているそうです。
びわこ成蹊スポーツ大学アウトドアスポーツセンターでは多くの自然体験プログラムを実施していますが、この「ひらんちゅキャンプ」が大切にしているのは、比良の自然だけでなく文化や歴史を知ってもらうことです。1000年の歴史をもつ琵琶湖の伝統漁法「魞(えり)漁」や、この土地特有の米づくりなど、地域の人々と連携した活動もプログラムの中に組み込まれています。
伝統の魞漁や田植えなどを行う際には、それに携わる地域住民を招き、方法だけでなく歴史的背景などのレクチャーも受ける。地域と連携しながら、その文化を次世代に継承していくことも役割のひとつ。
また、アウトドア教育の一環であることから、「組織キャンプ」という形態が取られます。責任者(ディレクター)やスタッフの役割分担(マネージャー、食糧担当、装備担当など)を明確に組織し、参加者も5〜6人の小グループで活動。「ひらんちゅキャンプ」では、グループごとに1〜2人の学生リーダーがつき、ディレクターには教員やセンターの専任スタッフが入ります。
基本的には学生主導で運営しているものの、その学生自身が学び成長することもまた、「ひらんちゅキャンプ」にとって重要な目的です。だからと言って、学生の教育にばかり焦点を当てるわけにはいかず、参加者である子どもたちに楽しんでもらうことも大切。その一方で、学生たちは順次卒業していき、メンバーの顔ぶれは毎年変わります。
「やっぱり人材育成がいちばん大変」。アウトドアスポーツセンターの水津真委さんはそう言います。特に、近年の学生は中高生のときにコロナ禍を経験しているため、アウトドアや自然体験の経験が少なく、「自然を使ってどんな活動をすればいいのか」「どうすれば面白くなるか」といったアイデアがなかなか出てこないそうです。
「素直で元気な学生が多いので、『子どもたちのために』という部分は真剣に考えるのですが、それも大事だけど君たち自身も楽しむんだよ、といつも伝えています。子どもは大人をよく見ていますから、楽しんでいないとすぐにわかります。それは、わたしたちスタッフにも言えることなので、わたし自身も楽しむことを大切にしています」
組織キャンプでの行動は基本的に5〜6人のグループで行い、各グループには学生のリーダーがつく。水津さん曰く、「子どもたちは学生が大好き。学生にとっても、子どもたちを率いることは貴重な経験と学びになる。
体育教師を目指してこの大学に入ったものの、入学直後のキャンプでアウトドアの魅力にどっぷりと浸かり、大学院を経て、以前は教員も務めていた水津さん。いま、アウトドアスポーツセンターでのさまざまな活動を通して、地域とのつながりを築けていることに手応えを感じています。
大学では、学生たちが地域の幼稚園を巡回して、ボールを投げる・走る・ジャンプするといった基礎的な運動を指導する「びわスポキッズプログラム」という“運動遊び”の活動も行っており、そこでの楽しい記憶の延長として「ひらんちゅキャンプ」に参加してくる子も多いと言います。
なかには保護者が心配しながら送り出すようなケースもあるものの、「そういう子に限って、まったく手がかかりません」と水津さんは笑います。自分ができないと思っていたことを実はできる自分に気づいた子どもは、自信をもって「やりたい」と言うようになるのだそうです。
小中の学校教育の現場では、アウトドアの活動や行事が減りつつあります。教員の業務を軽減する以外にも、雪が降らなくなっているためスキー実習ができない、などの理由もあるそうです。今後は、より幅広く動ける大学の強みを生かし、義務教育では補えない部分を担う役目を果たしたいと水津さんは話します。
「この活動を続けるのは大変ですが、だからこそ、続けることに意味があります。たとえ参加者が1人になっても、続けないことには自然やアウトドア活動の魅力を伝えられません。それに、大変ではありますが、まったく苦ではないんですよね。学生のためにも、子どもたちのためにもなっているはずなので、がんばって続けないといけないなと思っています」
いつの日か、「ひらんちゅキャンプ」に参加した子どもがこの大学に入学し、今度はプログラムの企画・運営を担う立場となって、未来のアウトドア教育を担う人材として巣立っていく日が来てくれたら──そんな願いを胸に、教育者たちは今日も学生と向き合います。
びわこ成蹊スポーツ大学アウトドアスポーツセンター 水津真委さん
子どもも大人も「わくわく・どきどき」心が、感情が動くことを学生と一緒に発見する(下見しに行く)。
自然と仲間を大切にする気持ち。
自然と仲間に感謝する気持ち。
=安全を確保することができる。
熱意(自然・人・そして学生育成)
地域の公民館やコミュニティーセンターに直接お話に行くなど。

京都府出身。びわこ成蹊スポーツ大学卒業後、アウトドア企業に就職。本学大学院でスポーツ学の修士を取得したのち、教員として5年間勤務。再び一般企業に勤めるも、2022年、アウトドアスポーツセンター設立に向けて大学へ復帰。現在は「ひらんちゅキャンプ」をはじめ数々の自然体験プログラムを担当。専門は野外教育。
※2023年の実施内容
【活動のタイトル】
· Outdoorsy Community ~比良人~ ひらんちゅキャンプ2023 春夏秋冬ひらゴンボールの大冒険
【活動の目的】
· 滋賀県(比良エリア)の自然環境を活かした野外教育プログラムの実施による地域貢献と、実践研究の実施からの社会貢献を目的としている。
· 2010年より続くプログラムは、自然豊かな比良の地を活用し、琵琶湖で水遊び、カヤック体験、登山、沢登り、雪遊びなどの野外活動と、地域の暮らしや文化の体験として田植え、稲刈り、臥漁など、滋賀県の象徴とも言える琵琶湖の『水』によるつながりを中心に、楽しい体験をしながら人と自然の命のつながりを学び、環境理解と個々の成長を図り、実施してきた。
【活動の特徴】
· プログラムのテーマや内容は野外スポーツを学ぶ大学生が中心に考え、準備、指導、運営を行い、学生の主体的・実践的•発展的学びの場となるよう、野外教育を専門とする教員による指導を受けながら実施している。
· 参加者には通年参加、継続参加を薦め、四季の変化に合わせた活動体験の継続から、さらなる楽しさや成長の実感につなげる。このキャンプは、スタッフ、子どもたち、地域が自他共に成長を感じ合える“第2のふるさと”としてのコミュニティ形成を目指している。
· 2023年度より、大学内のアウトドアセンター主催の野外教育プログラムとして、より大学と地域が連携し、野外教育の実践やプログラム開発に取り組んでいる。
【活動日程】
· 春:5/20〜21
· 夏:8/8〜12
· 秋:10/15
【主な活動場所】
· 春:琵琶湖岸
· 夏:福井県・若狭湾青少年自然の家
· 秋:比良げんき村
【活動内容】
· 春・仲良く仲間づくりキャンプの巻(1泊2日):前年度からの継続の参加者に加え、新たな仲間も加わり、年度最初のプログラムは仲間づくりと基本的なキャンプスキルの獲得を目指す。特に、食事作りはすべて班で協力し野外炊事を実施。2日目は早朝より琵琶湖の伝統漁法である「臥漁」にも挑戦し、自分達で獲った琵琶湖の魚を調理し、食す体験から、仲間と協力しながら自立したキャンプ生活に挑戦した。
· 夏・日本海へ遠征の巻(4泊5日):若狭湾少年自然の家の協力や、琵琶湖や日本海でカヤックのガイドを務める外部講師の指導も得ながら、日本海でのカヤックに挑戦した。春に身に付けたキャンプスキルを活かしたキャンプ生活、若狭湾でのカヤックの練習、海釣りを実施し、自分たちで捌いて食べるまでを体験。予定していた無人浜遠征は台風の影響で行けずに日帰りツアーとなったが、強風の中、協力して漕ぎ続けた結果、無人浜へ無事に到着。マリンスポーツを含む、4泊5日の海での活動を中心としたプログラムを実施。
· 秋・比良の山への冒険の巻(日帰り):活動の拠点となっている比良の背後にそびえる1000mを越す山々の連なる比良山系へ登山に挑戦。途中滝や、峠越え、秋の自然と比良の文化を全身で味わった。全てのプログラム参加者には「ひらゴンボール」が全員に贈呈された。
· 冬・集大成の冬の巻(1泊2日)
【参加者】
· 春:小学生16人
· 夏:小学生9人
· 秋:小学生17人
【指導者】
· 大学教職員・学生スタッフ:10〜12人(各回)
【装備】
· 春:テント、タープ、テープル、調理器具、薪などのキャンプ用品、漁船(漁師に依頼)、魞漁のための漁業備品、軍手、長靴、琵琶湖の魚や漁についての本・資料、救急用品、調査研究用具、ひらゴンボール
· 夏:テント、海遊びに関する装備・消耗品(釣り道具など)、マリンスポーツ関連装備(ライフジャケット、シュノーケル、カヤック、パドル)、救急用品、調査研究用具、ひらゴンボール
· 秋:登山用地図、コンパス、救急用品、ひらゴンボール
【募集・発信方法】
Instagram、大学ホームページ(Instagramでは速報を随時更新。年間プログラムが終了後に大学ホームページにも掲載)
滋賀県大津市北比良1204
https://biwako-seikei.jp/
写真提供/びわこ成蹊スポーツ大学
撮影/蛭子真
取材・構成/土居悦子
一番近くの存在である私が全力で楽しむ!それによって学生がもっと楽しむ。さらには一番近くで遊んでくれる大学生の姿を見て、子どもたちがもっともっと楽しめる!
