第4回『いま「フォレジング」が熱い』 著者 節田 紫乃


 先日、新聞を読んでいたら、ある記事が目に留まった。デンマーク・コペンハーゲンにあるレストランNoma(ノーマ)が、今年10月にガストロノミー界のアカデミー賞と謳われている「世界ベストレストラン50」で、1位に輝いたという内容。グルメではない私は、本来ならスルーする記事ではあるが、袖見出しに、”Chef René Redzepi, famed for foraging techniques, claims first place for Copenhagen eatery.* (“フォレジング技術で有名なシェフ、レネ・レゼピ氏が、コペンハーゲンのレストランで1位を獲得”)と書かれていた。「Foraging techniquesって、シェフ自らが森に入って食材を探すってこと?」

 「Foraging(フォレジング)」とは、自然界に自生する食材を採取する行為を意味し、日本で言う「野草摘み」や「キノコ狩り」などがそれに当たる。ただ、本来の意味は「食べ物などを探し回る、あさる」で、卑しい、さもしいニュアンスが込められている。英国人にそのことを問うと、「元来、ぶらぶら歩いて食料を調達することは、下衆のすること。身分のある人たちは、馬に乗るから」と教えてくれた。日本の紅葉狩りに「狩り」が付けられたのと、相通じるところがある。

では、なぜいま世界一の高級レストランが、フォレジングなのか。旬のもの、地のものを提供するレストランはどこにでもあるが、このレストランが面白いのは、シェフとスタッフ全員で森や海に行き、北欧の自然から得られる食材しか使わないという、徹底したこだわりがあるから。例えば、レモンは北欧にはないので、アリが放つ酸を柑橘類の代用品とするらしい。
 その時、その場で採れた食材のみ使い、芸術的な品々に仕上げたものを提供し続け、美食とは無縁だった北欧の食文化に革命を巻き起こした。そこにある自然、時、土地を通して食のあり方、向き合い方を変え、世界ナンバーワンのレストランとなったそうだ。今世界で最も予約が取れないレストランのひとつで、デンマーク経済をも救ったとか。古いんだか新しいんだか、なんだかよく分からないが、自然回帰ブームがグルメ界でも起きているとは、実に面白い。

 欧州人は、フォレジングが大好きだ。歴史も長く、それが許される環境も整っている。特に秋はキノコ、ナッツ、ベリーなどを探しに、みな躍起になる。ウチの近くでも、タッパーやビニール袋を持って、せっせと野いちごやカラカサタケを採っている人をよく見かける。みな目をキラキラと輝かせ、童心に戻ったように、夢中になっている。タダで食材を得られるのはもちろんだが、ふらふらと歩き回りながら季節を感じ、そこでようやく見つけた自然の恵みを手にしたときの高揚感は、格別。だから、いつもより丁寧に調理し、食したときは、増し増しで美味い! 自分と自然と時が一本で繋がるようで、体の奥底に眠っている人間の本能が、刺激されるのかもしれない。これは癖になる。
 コロナ禍によるロックダウンやEU離脱で、一時的に食糧やガソリン不足が起こり、旅行や外食の機会が減った英国では、身近にある自然の中で遊び、自分の身の周りにある環境を見直す人々が急激に増えた。テレワークや仕事の時短で時間ができた人たちは、自宅で野菜を育て、自然酵母でパンや保存食を作り始めた。そんなアウトドアズの醍醐味を知ってしまった新参者もフォレジングに注目しているようで、今年は争奪戦になりそうだ。私もビニール袋を提げて、いざ参戦!
* 'Noma wins world's best restaurant as Denmark claims top two spots.' (The Guardian, 6th Oct 2021) https://bit.ly/3C7LVYo



■バックナンバー
2020年春、サマセット

■著者紹介

節田 紫乃(せつだ しの)
1970 年東京生まれ。英国・ファルマス大学大学院広告学科卒。英国在住
日本ロングトレイル協会アドバイザー
約 13 年間日本において、国内外のテレビ・映像制作に、グラフィック・デサイナー、プロモーション・プロデューサーとして携わる。2004 年に渡英し、南西部にあるサマセット州に在住。ガーディナーとして活躍する傍ら、英国をさらに理解するために、ウォーキング文化を日々観察し、ウェブサイト『足で感じるブリテン島・Rambler Aruki』(rambleraruki.com)にて、レポートをアップし続けている