第1回『2020年春、サマセット』 著者 節田 紫乃


 新緑がようやく長い冬から目覚めた。小鳥たちが求愛の鳴き声を響かせ、ミツバチたちは蜜を探して忙しく飛び回る。子羊たちが、初々しく親を呼ぶ声が聞こえてくる。いつもの生命力満ち溢れる、英国の春の訪れ。人間たちも、心なしかウキウキし始める。しかし、そんな待ち望んでいた春の下、私は清々しい空を見上げて、ふと、どうしようもない疎外感を感じ、大きなため息をついていた。

 20年初めに東アジアで広がり始めたCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)は、あっという間に欧州にも広がり、英国政府も慌てて、3月末からロックダウンを実施せざるを得なくなった。現在、英国南西部サマセットに住んでいる私には、ちょっと買い物が不便になった程度で、日々の田舎暮らしに、それほど大きな変化もなく過ごしていた。アジア人だからといって、何かいやな思いもすることも全くない。確かに予定していた計画や旅行ができないことに苛立ちはする。でも、それは皆同じ状況だ。見えない圧による閉塞感もあるけれど、それも想定内といえば、そうだ。にもかかわらず、なぜこんなにも気持ちが落ち込んで、焦っているのだろうか

 ロックダウンが始まると、人々の活動が止まった。いつも聞こえる飛行機や車の騒音、近くの小学校から聞こえる子どもたちの声、誰かが作業をしている音。全てがぴたっと止まった。異常なほどの静けさの中、五感に染み込んでくるのは、春を謳歌している周りの自然の気配。普段なら癒されるはずなのに、今はその自然に対してイライラしている。人間は「止まれ」と言われているのに、自然はそんなことはお構いなしに、先へ先へと進んでいくからだ。自分は自然の中の一部だと認識していたはずなのに、突然大きな壁が立ちはだかり、取り残された気分だ。それが、どうしようもなく虚しい。「ねぇ、置いてかないでよ」。

 ガーデニングを生業としている私には、自然とのふれあいは生活の一部であり、いつも意識していることだ。しかし、ここにきて思いっきり失恋したみたいだ。というか、ただの片思いだったのかもしれない。Wildlife Friendly, Re-wilding, Sustainability, Organicといった言葉に敏感に反応し、言葉にしてきた私に対して、「そんなことを求めてはいないよ。あんたなしでも、生きていけるんだ」と自然に言われたようで、失望を超えて滑稽に思えてくる。癒しや豊かさを望んだ私の、とんだ勘違いだったのか。よく考えてみたら、今回の大騒動を巻き起こしたウイルスにしたって、自然の一部なのだ。「こちらが自然に寄り添おうとしても、いつでも手厳しいな。ただでさえ通常営業ができなくてへこんでいるのに、この塩対応どうなのよ。もっと優しくしてよ」。空に向かってぼやいてみても、答えは返ってこなかった。ただの八つ当たりである。



■バックナンバー
2020年春、サマセット

■著者紹介

節田 紫乃(せつだ しの)
1970 年東京生まれ。英国・ファルマス大学大学院広告学科卒。英国在住
日本ロングトレイル協会アドバイザー
約 13 年間日本において、国内外のテレビ・映像制作に、グラフィック・デサイナー、プロモーション・プロデューサーとして携わる。2004 年に渡英し、南西部にあるサマセット州に在住。ガーディナーとして活躍する傍ら、英国をさらに理解するために、ウォーキング文化を日々観察し、ウェブサイト『足で感じるブリテン島・Rambler Aruki』(rambleraruki.com)にて、レポートをアップし続けている