最終回 著者 杉原 五雄


平成15年度 『飯田自然体験学習』レポート
2003年10月22日~10月24日(2泊3日)

今年の本部は『下紙屋』
 今年はお風呂が大きな『水道屋』という民家を本部に予定していたのであるが、窓の戸のガラスどころか障子すらが、すっかりきれいにはがれており、まさに吹きさらしの状態だったため、さすがに利用することができない。もっとも、これは障子張りというメニューを作ったため、羽場崎さんたちが事前に、剥がしてくれたのかも知れないが、雨で日程が狂ったので、子どもたちはとても水道屋の障子張りまで手が及ばない。
 そんなわけで、本部を『下紙屋』という建て替えられた民家に移したので、私は子どもたちのお風呂を確保するための風呂たきをかってでた。その関係で、今年の林さんの学習には残念ながら参加できなかった。

風呂焚きに苦労
 子どもたちに聞いたところ『大変楽しかった』『森のことがよく分かった』と、大満足だったようである。林さんには来年も指導をお願いしたので、きっとこの学習はさらに発展するものと確信している。
 二日目の夕食の準備が始まる。今夜のメニューは、昨日採ってきたキノコをふんだんに使ったキノコ汁である。食事係のチームワークは、さらによくなり、それぞれの仕事分担がはっきりと理解できるようになったので、みるみる食事の準備が整っていく。初めて予定の時間通り作れて、係の子どもたちも大満足の様子である。
 その間に湧いたお風呂に入るのであるが、私が引き受けた『下紙屋』のお風呂の釜が水漏れでびっしょり濡れてしまい、2時間ほどいろいろやってみたが全く火がつかない。
 諦めて子どもたちを、別のお風呂に振り分けてもらうことにしたのであるが、火起こしには自信があっただけに、これはかなりショックである。風呂釜の周りにティッシュを詰めて水漏れを吸収しながら、囲炉裏から大量の火種を持ち込んで、やっとの思いで火をつけることができたのは、子どもたちが他のお風呂をつかった後になってからである。もっとも、このおかげと言っては何だが、引率の教員が子どもたちの寝静まったあとでゆっくりお風呂に入れたのは、怪我の功名かも知れない。

廃校の探検に子供たちは大喜び
 食事と片づけが終わると、昨日宿題になっていた星の観察を始める。この学年の子どもたちは、星の観察の希望が強く、8時には全員広場に集っている。今日も雲の動きが早くその上北の空は雲が多い。
 火星とその近くの南の魚座のホマルハウト(秋の一つ星)付近は、澄みきっている。この近くの星と、ときどき現れる白鳥座や夏の第三角、アンドロメダなどの秋の空を彩る神話の世界に子どもたちを誘う。
 担任は撮影隊のインタビューを受けているらしく不在である。他の引率者も少ないので、少し子どもたちを楽しまそうと思いつき、星の観察を一段落させて、廃校の探検に連れて行くことにした。

 廃校というのは、この大平宿にあった学校である。離村と同時に廃校になったが、木造のまさに昔の学校というイメージそのものの建物で、きれいに保存されている。その学校に忍び込んで探検しようというのである。
 校庭に集めてグループごとに探検する事を告げると、多くの子どもたちは大喜びで大歓声を上げるが、中には泣き出す子どももいる。いくら大きな声を上げてもここには我々の関係者以外だれもいない。ワーワーギャーギャー大声が真っ暗な学校の中に響きわたる。
 言葉ではまだまだ満足しないようなことを言っているが、どの子の顔にも満足感が現れている。私自身も結構楽しんだのだろう、きょうもまた就寝時間を超えてしまった。
 この夜も昨夜と同じで、子どもたちが寝静まってから満天の星空が広がったが、さすがの私でも、子どもたちを起こしてまで星の観察はできなかった。

第三日目
 もう今日は、東京に帰る朝になってしまった。きょうも空は雲一つない快晴である。昨日同様前の小川で顔を洗う子どもがいるが、その数は増えている。冷たい水が気持ちよい事が広まったのだろう。もし明日もこのチャンスがあったら全員が並んで小川で顔を洗う風景が展開したかも知れない。自然にはそれだけの力がある。
 今日も朝会が終わると同時に、食事作りが始まっている。私と林さんは昨日とは別の子どもたちを連れて散歩に出かける。戻るとほぼ食事の準備は整っている。日ごとに助け合う事が当然になるここ大平宿では、滞在する日数分だけ手際がよくなるのだろう。
 出発の準備を考えると、教師たちには大平宿での最後の食事の余韻を楽しむ時間はない。毎年よほど気合を入れて指導しなければ、いつ出発できるか分からなくなる。食事の後片付けなど全体にかかわる事は協力してやればかなり短時間でできるが、個人の荷物を片づけさせるのは至難の仕事である。

忘れ物の山
 例年のことであるが、忘れ物の山ができる。その忘れ物を自分のものとして認識させるのも一苦労である。自分のものを自分で管理するという生活習慣が、できていないからだろうが難しいところである。
 やっとのことで閉村式を終えて、バスに乗り込んだのが、10時近くになってしまった。今日も一号車の運転手は柳沢さんである。元気な朝のあいさつを交わして出発。今日の予定はリンゴ狩りと昼食を兼ねた五平もち作りである。バスは紅葉の谷間を快適に下り降りる。
 対向車が少ない事などが幸いして、目的の『三和観光農園』には当初の計画通りの11時に到着。出発の遅れを取り戻すことができた。

五平もちの作りとりんご狩り
 南アルプスの3000m級の山が全て見える場所は全国でもこの付近しかない。今朝は空が澄みきって南アルプスの稜線がくっきりと美しい。最高のご馳走である。
 農園のおじさんやおばさんから、飯田独特の五平もちの作り方を教わる。炊きあげてこねたもち米を竹の輪の中に入れて形を整え、二つずつ串刺しにして焼き網にのせる。間もなく香ばしい米の焼いた香が漂い、もち米に程よい焦げ目がつくと、出来上がりである。味噌だれをつけて食べる。誰一人残す子どもはいないばかりか、お代わりをする子どもが続出する。
 すっかり満足した子どもたちを待ち受けるのが、リンゴ狩りである。先にリンゴ狩りをさせたら、リンゴでお腹が大きくなり、折角の五平もちを食べきれなくなってしまうかもしれないという、教師の配慮である。
 さんさんと降り注ぐ太陽の光で、10月末とは思えないほどの暖かさである。中には半袖のシャツ姿になる子もいる。真っ赤に色づいたリンゴは、この農園の中では食べ放題と聞くと、子どもたちの目がらんらんと輝いてくる。
 この農園の伊藤社長も今日は天気に誘われたのか、子どもたちに大サービス、一人一人に美味しいリンゴを、自らもいでは与えている。確かにこんな素晴らしい天気の中で、樹で十分熟れたリンゴをもいで食べるのだから、東京では考えられないほどの味である。子どもたちにもその味が分かるのだろう、凄い勢いで食べている。
 あっと言う間に2個目に挑戦する子どももいる。美味しい美味しいの大合唱で、リンゴの畑の草の上に寝ころぶ子どもも現れ、しばし時間を忘れてしまう。出発予定の時間になったのだが、伊藤社長から南アルプスの山の紹介と、さらにはブルーベリーの紅葉のことまで説明がある。この学習では初めてになるが、意図的に出発時間を遅らせることにする。

学校へ
 大勢の人たちに見送られて、午後1時30分バスは農園を出発し、一路東京に向かう。飯田インターからの伊那路では、すっかり満足した子どもたちは、全員ぐっすりと寝ている。きっと素晴らしかった大平宿での生活の事や、今さっき食べたばかりの美味しいリゴの夢でも見ているのだろう。
 午後5時30分、保護者や教職員の出迎える学校に到着できた。

 今年も大勢の人たちの善意で実施できたこの『飯田自然体験学習』、いくつかの反省点はあったものの、大きな成果を上げ無事終わる事ができた。カメラに追いかけられながらも子どもたちは、自然な表情で3日間有意義に過ごしてくれた。
 自然体験学習は、これで終わったわけではないが、このレポートは一応ここで終わりとする。



■バックナンバー
私の実践している自然体験活動 第1回
私の実践している自然体験活動 第2回
私の実践している自然体験活動 第3回
私の実践している自然体験活動 第4回
私の実践している自然体験活動 第5回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第1回
奥多摩での2日間~中幡幼稚園『奥多摩宿泊自然体験活動』レポ-ト~ 第2回
私の実践している自然体験活動 第6回
私の実践している自然体験活動 最終回
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(1)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(2)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(3)
平成15年度『飯田自然体験学習』レポート(終)

■著者紹介

杉原 五雄
1943年京都生まれ。富士電機通信製造(株)を経て、横浜国立大学教育学部卒業。
1968年東京都の小学校教員となり、現在、渋谷区立中幡小学校校長。
著書に「畑と英語とコンピュータ」などがある。
http://village.infoweb.ne.jp/~sugihara/main.htm