第76回「沢を間違ったな、先わからんなぁ」 著者 村田 浩道


 初めて親父といった渓流釣りも印象に残っている。当時、家の裏に畑があったから釣り餌は青虫だった。山中にはまだ残雪があり、渓流にはスノーブリッジが掛かっていた。どんどん釣りあがって行き、源流域の更に奥。もう魚なんか絶対いないだろう場所で、親父が放った衝撃の一言「沢を間違ったな、先わからんなぁ」。
 まぁ、これもなんとか水流をたどってピークまで這い上がり、そこから尾根を方角のみあてにして登山道を探し、尾根道にたどり着き家に帰れた。これは小学5年生ぐらいだったと思う。

 今から思えば野山が本当に好きなひとだった。晩年は地域の自然観察クラブの初代会長も務めたり、地域小学校の自然体験学習などにも協力していた。
 春にお腹をすかして家に帰ると、食卓には春の山菜(当時の私にはただの葉っぱと草)が並んでいて、親父の蘊蓄を聞きながら天ぷらにして食べるという謎のイベントや、山から掘り起こしてきた自然薯を延々とスリ鉢ですらされる強制労働もあった。とにかく山野の楽しさを色んな人に伝えたかったのだろうと思う。いまでも親父が書斎にしていた部屋には沢山の山菜やキノコ、草木の図鑑や専門書がたくさんある。

 よくよく考えてみれば、少し方向は違うが、私もなんだか似たようなものである。結局血は争えないということだろうか。小さいころから私にたくさんの事を教えてくれた地元の自然と、その自然との付き合い方を教えてくれた親父に感謝である。
※画像はイメージです。



■バックナンバー

■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。