第57回「久しぶりのマルチ」 著者 村田 浩道


 11月の下旬、この時期に恒例となっている場所と言えば妙義山なのだが、今回はバリエーションルートではなくマルチピッチクライミングに出かけた。
 マルチピッチとは、何十メートルかある岩壁を、ロープスケール(ロープ長)分を1ピッチとして複数回数に分けて、2人~3人程度でリード(先行)とフォロー(後続)を繰り返し、もしくは交代しながら登っていくクライミングの方法で、全国各地に多くのマルチピッチを楽しめる岩場がある。
 今回は、群馬県の妙義山系にある木戸壁右カンテを登攀にでかけた、カンテとはクライミング用語で角という意味である。要するに“木戸という岩壁の右側にある、角っこのルート”を攀じ登ろうという事である。

 紅葉も終盤を迎え、すっかりと初冬の雰囲気を迎えた妙義に到着し、初日は“筆頭岩”という岩峰を登攀に行った。妙義山界隈では珍しくない岩峰だが、関西ではあまりお目にかかれない。3ピッチと短く易しいルートだが、特徴的なのはルートの両脇がスッパリと切れ落ちているので、高度感が抜群なことである。岩に取付いてガシガシ攀じ登り、高度を上げていくと、徐々にアドレナリンが出て独特の高揚感に包まれていく。そして岩峰の頂点に立った時の達成感は、久しぶりに味わう感覚で、翌日のルートへの期待感も高まった。

 木戸壁は、今は閉館している裏妙義国民宿舎の駐車場から、有名な丁字岩方面へ谷筋の登山道を、ルート取付きへと登っていく。久しぶりのマルチ(このルートは6ピッチ)少々緊張しながらリードで取付く。ルートグレードは高くないので、ひょいひょいと登れるイメージをしていたが、ブランクとは恐ろしい・・・ちょっとしたムーブで戸惑ってしまう(笑)。
 ピッチを切るときには、先ず自分の安全を確保し、後続を安全に登攀できるようにシステムを組んでおくのだが、当然岩壁に貼りついたり、ぶら下ったりしながらおこなう。
 スポーツの基本的な動きや要領というのは、やはり身体が覚えていて、少しすると感覚は戻ってくるものだ。少々どんくさい部分もあったが、順調にロープを伸ばして6ピッチを完登攀した。このルートは谷底から立ち上がった岩壁を登攀するので、高度感と周りの妙義山系の景色が素晴らしく、まだ僅かに残る紅葉と奇岩の風景は圧巻だった。

 さて、もちろん登ったら下るのだが、このルートのややこしい部分は、実は下りの懸垂にある。岩壁につくられた6つのポイントでパートナーを待つのだが、登りも下りも同ルートであるため、わずかな場所を他のクライマーたちと声を掛け合いながら共有するのである。もちろん岩壁にぶら下りながらであるからややこしい。しかも妙義特有の火山礫の岩質は、ロープを引っ張り下ろす際にロープスタック(ロープが岩などに引っかかって動かなくなってしまうこと)することが多い。

 1ピッチずつ懸垂で降りる度にロープを引っ張り下ろすのだが、万が一スタックしてしまったら超面倒な登り返しの儀式が待っている。毎回祈る気持ちで、ロープを各ピッチの終了点から引き抜いて手元まで手繰る。これを繰り返すこと5回、ようやく取付きへと降り立った。ホッとするとともに、やっぱりクライミングって楽しいと感じた。年齢と共にクライミングからは、遠ざかることになるとは思うが、あの高揚感と達成感はやはりヤバい。



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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。