![]() ![]() ![]() 第10回 「焼岳の小屋」著者 村田 浩道
そのツアーも最初からトラブルがあった、トラブルとは不思議と続くものである。まぁ、そうは言っても、ツアーを中止にはできないのではあるが・・・このツアーにもなんとなく予感めいたものがあった。 東海北陸道を走り、飛騨高山から新穂高温泉郷、そして新穂高ロープウェイを使って西穂山荘へ入って1泊。翌日は西穂高独標まで登って折り返し、焼岳の小屋へ入り2泊目。3日目は、焼岳を登って上高地へ下るという行程だ。 ひるがの高原SAへ到着し、休憩をとっていた時にバスの右後方付近から、なにやら液体が漏れているのに気がついた。近づいてみると緑色。「うーん・・・なんだかヤバそうだ、ラジエターオイルの色じゃないかな」。もう一人のガイドと話していると、となりに停車中の大型バスのドライバーさんが近寄ってきて「あ、これダメだよ。直ぐドライバーさんに連絡しないと」と忠告してくれた。 ドライバーに伝えて現場に戻ると、他のバスドライバーが集まり、ちょっとした事件になっていた。結果バスの交換が必要で、1時間半は足止めをくらう羽目になった。このあとも、なにか起こりそうな予感は少なからずあった。 ![]() このトイレ、当然水洗ではない。山中深く建つ山小屋だし当然ではあるが、近年バイオトイレなどに改修され、ある程度は快適になっているところが多いのだが、ここは古き良きFall down(おそらく正式英訳ではない)方式のトイレだった。用を足そうと中に入って、このトイレの真の恐ろしさに気付く、痛いのだ、臭いのではない痛いのだ。粘膜を襲う高濃度アンモニアだろうか。とにかく目に沁みる。(重ね重ねお食事中の方には申し訳ありません)何とか用を足し外に出ようとすると扉が開かない、グッと力を入れてようやく脱出。表に出てよく見てみると、どうやらトイレの建物自体が少し曲がっていた、古い小屋だし仕方がないと思い小屋へもどった。しばらくして食事の時間、一階の食堂へ全員集まり準備をしていると、添乗員さんが一人たりないと言う。二階で休んでいるんじゃないか、と見に行くがいない。小さな小屋なので中ではないようだ、外は再び雨が降りだしていたが、様子を見に行くと、なにやら叫び声とドアを叩く音が聞こえる。「たすけて!開かない!!」トイレからのSOSだった。どうやら食事前に用を足しに行って、そのまま閉じ込められたらしい・・・。笑ってはいけないのだろうが、自然と笑える。しかもあの目に沁みる環境の中で、しばらく耐えていたかと思うと笑いをこらえられない。「力入れて押したら開くから」「ダメです!」「いや大丈夫、開くよ」「ダメです!目が痛い!」笑わずにはいられない。シッカリと閉めすぎて、ちょっとやそっとじゃ開かない様子。「蹴って、蹴って、思い切って蹴って」と伝えると、バーン‼と開いた。良かった、目を細めながら出てきたお客様からは一筋の涙が流れていた。安堵の涙か、はたまた違う涙だったのか。今となっては誰もわからない。 ![]() ■バックナンバー ■著者紹介 村田 浩道(むらた ひろみち) 日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。 高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。 |