− 第788回 −  筆者 中村 達


『腕時計の想い出』

 はじめて自分の腕時計をもったのは中学1年の時だった。中古の国産腕時計だったと記憶している。当時はクオーツやデジタル、まして電波時計などはなかった。
 高校に入ってもこの時計を使っていた。大学では防水機能とカレンダーのある国産機械式のものを手に入れた。と言っても最も安価なもので、価格は5,000円程度だったと思う。学生には過不足なく十分だった。2年生のとき、この時計でカラコルムの踏査と登山に出かけた。炎暑と氷点下の気温でも機能していた。
 愛着のあったその時計は、京都北山での岩登りのトレーニングを終えて、麓の渓流で顔や手を洗ったときに外し置いたまま忘れてしまった。気がついたのは帰路のバス中で、取りに戻ることができなかった。しかたなく同じ腕時計を買った。

 25歳の時、再びカラコルム登山に出かけた。高所登山なので丈夫な時計が必要だと思い、あれこれ探していた。そんな時、京都の繁華街にあった時計店のショーウィンドウに、国産のダイバーウォッチが展示してあった。価格も手頃だったので意を決し購入した。

 登山を終えて麓の村で飛行機待ちで滞在中、他の登山隊のリエゾンオフィサー(連絡将校)たちと仲良くなった。ラワルピンディーに戻ってからも、当時陸軍大尉だったD氏が、外国人が知らないようなバザールやレストランなども案内してくれた。なぜか007の映画も観に行った。とても楽しい数日を過ごすことが出来、大変お世話になった。

 帰国する前夜、夕食の後、お世話になったお礼に、この腕時計をプレゼントすることにした。彼は軍人なのでハードな時計が欲しかったらしい。「ホントにいいのか!嬉しい!」と大変喜んでくれた。
何度も何度も「シュークリア!サンキュー!」と。

 翌日の朝、帰国便に搭乗しようと空港に行くと、機体の都合でフライトは明日になったとカウンターで告げられた。
外国で時計のない1日は、大変不便だった。
半世紀前のお話である。


(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問など。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員