− 第674回 −  筆者 中村 達


『低山での事故』

 猛暑日が続いている。学生時代、夏休みには京都近辺の山々によく出かけた。当時も暑かったと思うが、ここ数年の猛暑ほどではなかったような気がする。
 いま、コロナ禍で密を避けて、山に登る人が増えている。それも近くの低山が多いようだ。が、たとえ低山でも、人里近くにあっても、山に登る人が増えれば、事故も必然的に多くなるようだ。道迷い、滑落、あるいは急病による山岳事故だ。中でも道に迷い、下山予定時間になっても下りてこない、という報道をよく目にするようになった。そのたびに、大がかりな捜索隊が編成される。猛暑の中、コロナ対策もあって、さぞ大変だろうと想像する。

 かつてもそんな事故はあったが、少なくとも山登りの基本については、学校や社会で学ぶ機会があった。例えば学校では、集団登山があったし、山岳部やワンゲルなどのクラブ活動も盛んだった。
一方で、現在のようにネットで簡単に山岳情報や登山用具、あるいは登山テクニックなどの情報が、容易に手に入る状況ではなかった。
 そういった情報は、山岳図書や街の登山用具専門店などで見聞きした。都会には登山用具専門店が店を構えていることが多かった。また、そこは街の山岳会の事務所にもなっていることもあった。怖そうな顔をした店主やスタッフが、どっしりと構えてはいたものの、懇切丁寧に山の情報や装備のあれこれ、注意点などを教えてくれた。
 登山用のソックスを買いに出かけたときだ。輸入品のソックスの品定めをしていると、「高校生にはまだ早い、これにしとけ!」と国産品を買わされたこともあった。いまでは考えられないような笑い話だ。

 高校3年生の春、京都の西北部にある愛宕山に一人で登りに出かけた。途中で雨が降り出し、山頂近くでは土砂降りとなった。雨具を着ていても全身がずぶ濡れになった。山頂の休憩小屋に入ると、老舗山岳会のメンバーが休んでいた。
リーダーらしい男性が私に声をかけた。「ずぶ濡れやなぁ!どこの高校や!」。私がこたえると、「そうか、山岳部か。顧問の○○先生はよく知っているで!いま着ているシャツを脱いで、セーターを直に着るにゃ!」。着替えると温かくなった。
 思い返すとたわいもないことだったが、社会全体で経験者が「山」を教えるような雰囲気があった。

 ネット社会は便利ではあるが、いきなり山、のような気がする。情報が溢れて、機能性に優れた装備、ウェアなども容易に手に入るようになったが、自然の変数は無限だ。その変数をひとつずつ解き明かすのも山登りの面白さであり、魅力なのだろう。変数に対処できる技術、危険な変数を見つける力などが山登りには必要だ。バーチャルとリアルの差異は、山登りではかなり大きいと思う。
 日本の山々は急峻な地形が多い。深い谷、急な溪谷、複雑で急峻な尾根など、低山であっても危険は多い。低いから、近いからとけっして侮ってはいけないのが、日本の山々である。


(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員