− 第672回 −  筆者 中村 達


『食器』

 いま、キャンプが人気だ。コロナ禍で自然指向が顕著になっている。人が少ないのでソーシャルディスタンスが確保できるし、自然の中で過ごすのは、何といっても気持ちがいい。だからこの夏は、これまでに増してキャンプを楽しむ人たちが増えるのではないか。

 キャンプ用具も様々なものが商品化されて、その様態は都市生活の利便性を目指しているかのようにも見える。
 それはさておき、私の仕事場にも山で使う食器類があっちこっちに置いてある。かつて使ったものや、最近購入したもの、それに頂いたものなどがたくさんある。何しろアルミやチタン製なので、さほど劣化しないし、もちろん腐ったりはしない。ただ、サイズはバラバラだし、どれ一つとして同じような大きさのものはない。

 学生時代山岳部では、自分用の食器というのはなかった。少なくともクラブでの山行時には、食器は共同装備の類だった。アルミかアルマイト製食器の大きさはすべて同じで、民主主義がしっかり守られて公平であった。食に関しては公平さが重要だった。その基準となったのが、食器の大きさだ。みんな同じ、平等、公平さが求められた。盛り方やみそ汁類の量に多少の違いがあっても、そこは我慢していたように思う。

 社会人になって京都のとある社会人山岳会に入った。その山岳会の夏山合宿に20人ほどが参加した。夕食時、食当が「今夜のメニューは天婦羅。各自食器を持って集まること」と叫んだ。言われるままに自分の食器を、ごはんと副食用、それに天婦羅用を持って食当の前の列に並んだ。
そこで初めて気がついた。各自が持参した食器の大きさがバラバラだと。食当は目分量で入れるので、食器の大きさでどうしても違いが発生した。
 もちろん不満を口に出すものはいなかったが、なんだか不公平さと効率の悪さが印象として、いまなお残っている。食い物の恨みは・・・キャンプをするたびに思い起す一コマである。


(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員