− 第628回 −  筆者 中村 達


『テレワーク』

 新型コロナウィルス感染症の広がりで、テレワークが推奨されている。実は私も30年近くそんな方法で仕事をしている。ただ、家では資料や本などを置くスペースがないので、車で20分程度のところに仕事場を置いている。
 仕事場は私一人だけで、特にここ数カ月は来客もない。FMから音楽が流れているだけだ。時折、新幹線が通過する音が遠くで聞こえるが、気になるようなものではない。

 こんなところで作業をしているが、慣れるまでには時間がかかった。朝、仕事場に着いて、窓を開けて空気を入れ替えたのち、寒い時期なら暖房を、夏季であれば冷房機をまわす。続いてパソコンなどの電源を入れて、ラジオを聞きながらポットでお湯を沸かして、コーヒーを入れるのがルーチンだ。
 30年ほど前までは、ある団体の職員だったので、職場に着くと「おはよう」の挨拶ではじまり、ミーティングの際には、女性スタッフがお茶やコーヒーを入れてくれた。少人数の職場であったが、それなりのコミュニケーションがあって、和気あいあいとしていたように思う。

 が、いまはそんなシュチュエ―ションは全くない。孤独といえば孤独である。だから気がつけば何時間もパソコンに向かっている時もある。お昼の時間は過ぎ去って、遅い昼食になってしまうこともしばしばだ。
 勤務時間を決める必要はないが、最初の頃は9時を過ぎると、反射的にデスクに座っていた。サラリーマン時代の習慣が抜けずに、思わず苦笑することも多かった。平日の昼間にショッピングセンターの書店に行くのも憚ったように思う。まして、遊ぶには自分を納得させる理屈が必要だった。撮影とか、取材とかの理由をつくって、自分に言い聞かせていた。

 そんなとき米国に出かける機会があった。そこで、東部でアウトドア用品のテストをしているアルパインガイドたちに出会った。彼らの一人は、ニューヨークの大学を卒業したけれど、自然環境のいい当地に移り住んだという。給料は安いけれど、仕事が終わった後はMTBで森を走ったり、カヌーを漕いだり、山を登ったり、岩壁を攀たりと、好きなことが出来る時間がたっぷりある。パソコンがあれば仕事はできる。このほうが人間らしいし幸せだと言った。「今日は、仕事は休んで、家のペンキ塗りだ」と言ったのが耳に残っている。
 そんな人たちが多かった。つまり、ライフスタイルをしっかり持っているのだと思った。それ以来、私もライフスタイルを変えてみたいと考えた。ただ、国内では周囲がそうではないので、その塩梅の見極めがかなり必要だ。

 その頃、のめり込んだのがフライフィッシングだった。暇を見つけては、早朝、車で1時間ほどの溪谷でロッドを振って、イワナか、アマゴを1匹釣り上げてから仕事場に向かう。あるいは、イブニングライズに間に合うようなことをしていた。釣りに出かける日は、たとえ1時間であっても充実していた。仕事も捗ったように思う。
 しかし、数年たった頃、カワウの異常な襲来で渓流魚が激減し、あえなく辞めてしまった。釣れなかったのは、私の腕のせいでもあるのだが・・・。
 さて、ライフスタイルと簡単に言うが、それを変えるのは並大抵ではなく、相応の覚悟がいるように経験的に思う。
 情報通信機能が飛躍的に進化していて、仕事の方法も大きく変化するのは間違いない。
テレワークは一言でいえば、仕事の効率とは別の次元で、孤独との闘いかも知れない。長年習慣と化した仕事のスタイルや、ましてライフスタイルを変えるには、相当な時間が必要に思う。訓練とかトレーニングがいる。もちろん特に若い人たちなどは、そうでないかもしれないが・・・。

 感染症が広がる中、不幸中の幸いな一点は、テレワークの実験が出来、ライフスタイルを見直す機会となることだろうか。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員