− 第624回 −  筆者 中村 達


『残雪のトレイルを歩いたこと』

 この時期になると、雪が融けたらどの山に出かけようかと、あれこれ考える。今年は雪も少ないので、近郊の山では残雪はあまり見られないように思う。積雪が少ないと、スノーシューやカンジキの出番はほとんどない。

 四半世紀ほど前のことだが、米国のニューハンプシャー州の山中で、初めてスノーシューを履いたことがあった。5月の終わりごろだったと思う。残雪の山を知人のガイドと歩いた。雪が固いのと慣れないせいで、何度も滑って転んだ。その姿を見てガイドが笑った。
 当時、スノーシューは日本国内ではまだ珍しかった。私が履いたものはテスト段階だったが、それにしてもソール部のプラスチックがよく滑って、何度もひっくり返った。ガイドはほとんど滑らなかったので、私の歩き方が悪かったのだろう。

 その日、ワシントン山に続く残雪のトレイルを、ひたすら歩いた。急な上りになると、残雪がまばらになって、そのたびにスノーシューの脱着を強いられた。汗が噴き出したが、現地のアウトドアショップで購入した、ポリエステル製のアンダーシャツが冷えるのを抑えてくれた。いまでは機能素材は珍しくはないが、当時は手に入りにくく高価だったように思う。

 残雪のトレイルには、ところどころ熊の足跡があった。ガイドに大丈夫か、と尋ねると心配ないと言ってはくれたが、すこし怖かった。 夕刻、テントサイトに到着した。テントサイトと言っても、施設や設備があるわけでなく単なるテント指定地だ。ただ、自然へのダメージを少なくするために、毎年、キャンプの指定場所を変えるそうだ。
 日が落ちて気温は氷点下近くまで下がった。テントの中で、ストーブで暖をとり、簡単な夕食を摂った。スリーピングバッグに潜り込んで、遅くまで話し込んだ。
 残雪の山を考えると、いつもその日のことが蘇ってくる。

(次回へつづく)


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■筆者紹介

中村 達(なかむら とおる)
京都生まれ。アウトドアジャーナリスト・プロデューサー
安藤百福センター センター長、日本ロングトレイル協会代表理事、全国山の日協議会常務理事、国際自然環境アウトドア専門学校顧問、全日本スキー連盟教育本部アドバイザーなど。アウトドアジャーナリスト。
生活に密着したネーチャーライフを提案している。著書に「アウトドアズマーケティングの歩き方」「アウトドアビジネスへの提言」「アウトドアズがライフスタイルになる日」など。『歩く』3部作(東映ビデオ)総監修。カラコルム、ネパール、ニュージランド、ヨーロッパアルプスなど海外登山・ハイキング多数。日本山岳会会員